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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 6 Ansonia DAISY cc - 127, cc - 128
神戸 北野町界隈は風見鶏のある風景で、異国情緒の漂う街。 NOA Antique は、坂道の途中にあった。 オーナーは鉢木 伸一郎さん。 趣味が嵩じて1972年に開業。 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 とくに、ポケットウオッチやミステリアスな機構を持ったアンティーククロックには造詣が深い。 画像は、 アンソニアの ミニチュアタイプ DAISY 文字盤にも、細かな草花模様が入っています。 いかにもアンソニアらしい造形が気に入っています さて、PINTEREST で 1919年 LYON の時計店のウインドウに出会いました。 最上段には、グラビティ・クロックもみられる。 私のコレクションは、そのまま100年をタイムスリップしている訳ですね。 ついでにもう一つ・・・・ 「あっという間の人生」 夢中で駆け抜ける10代 真剣に将来を考え始める20代 人生の分かれ道を迎える30代 迷いながらも信じた道を突き進む40代 残り時間を意識して選択する50代 自分を確立し始める60代 どの年代もあっという間に過ぎる 行きたい処があるなら行く 会いたい人がいるなら会う やりたいことがあるなら全てやる 人生は自分が思うよりも短く いつ終わるのかわからないのだから
Carriage Clock cc - 127, cc - 128 ANSONIA DAISY NOA Antique 1993年8月。 開化亭 1978年2月0318
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カリアティード 続き
カリアティード.(carriatide) 続き 古代ギリシャやローマの神殿建築様式に見られる女身像柱, 女身像柱に対応する男身像柱としてはアトラス(atlas)がある。アトラスは天の蒼穹を肩で支える神である。 アトランテスは頭を前に突き出し、上部の構造物を双肩で支えている。 中には両腕も上に延ばし、全身で支えているものもある。 「俺に任せろ」か・・・
Miniature Carriage Clocks FRANCE0318
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miniature carrage clock 続き
miniature carriage clock 続き 密閉・密集・密接を避けて、広場に出ました。 清々として、気分も最高です。 こういう空間を大切にしたいのですが・・・ さて、サイズの比較が解りやすいように 最後の画像を入れました。 左右のキャレッジが、レギュラーサイズです。 さて、キャレッジクロックの評価に於いて、サイズは重要な要素となり、 より小さい方が、よりベター。 ミニチュァ(3inch=75㎜)は価値がたかまる、とされています。
Miniature Carriage Clocks FRANCE0318
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「STAGE 8」 1970年 小田原 志澤百貨店・専門店事業 続き
1970年の事でした。 その時代の最先端のDCブランドショップが小田原に開業した。 MDは疋田和子女史で、 人気のやまもと寛斎の商品がメインで構成されたセレクトショップの走りであった。 志澤百貨店の倉庫の改造で、 何んせ裏通り、人通りはない。 大型アメ車の中古を探し出し、ボディペインティング(?)を施し、店頭に突っ込ませ、アイキャッチャーとした。 キワモノゆえに、地元紙や雑誌などに取り上げられ話題になりました。 「話題を作れ!!」はそれなりにこなした。 (写真中央 アイデアマンと呼ばれた 志澤直信社長) 思い返す、50年前・・・・ 24歳の駆け出しデザイナーが考え出した、 低予算+アバンギャルド・寛斎の、ショップイメージを表現した解決策でした。 身辺整理をしていましたら、「stage 8」 のラフスケッチが出てきました。まさかあるとは思っていませんでしたが、upします。 さて、小田原 志澤百貨店 1968年、市内栄町で創業 (3枚目の画像が開店当時の志澤百貨店) 平塚や厚木など 神奈川県南西部で店舗展開した 地域の有力企業。 1974年、藤沢駅南口ロータリーに面した藤沢店を開業。 社運を賭けた出店だったが、経営は思わしくなく、 西武流通グループの支援を受ける。 支援を受けるも復調せず、西武クレジットに吸収合併され「志澤西武」となる。 1990年代に小田原市郊外へのダイナシティの開業などの大型商業施設の影響で、 売上高が急激に減少。 1998年、創業51年目で閉店。 跡地は、万葉倶楽部が運営する「小田原お堀端 万葉の湯」へと変わった。 時代は変化する。
「STAGE 8」 小田原 志澤百貨店 1970年0318
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Edward BRIGHT PARIS carriage clock ㏄-038
小田原志澤百貨店 STAGE-8/ やまもと寛斎さんの画像、 ナルミのカップ&ソーサーに気が付きました。 私のワイフが、唯一嫁入り道具として持ってきたものでした。 さて、コーヒーで一息入れて、 Edward BRIGHT PARIS を進めることにしましょう。 フランス製のキャリッジクロック circa 1880年 リピーター付 EDWARD BRIGHT PARISのサインが入つている。 EDWARD BRIGHT PARIS はパリに拠点を置く高級宝飾店 日本の 和光や ミキモト のイメージでしょうか。 所謂ストァブランド品と考えられます。 トレホイル・ハンド(トランプのクラブを象った針) size : 15.5㎝ h(アップハンドル) キーン・キーンと 澄んだ美しい音色で時を打つ 1987年 神戸北野 NOA ANTIQUE で購めた。 北野の風見鶏・異人館が連なる坂道の中程にあるショップ 1972年開店 私好みの品揃えで、感性がぴったり合ってしまった怖ろしい、西洋骨董の店 店主の鉢木 伸一郎さんにはいろいろなことを教えて頂きました。 大変長い付き合いです。 NOA ANTIQUE 鉢木 伸一郎さん、 項を改めて・・・ 少し長くなりますが、 1880年代のファッションを伝える絵画に出会いました。 コルセットからは解放されて、現代に十分通じる美しいスタイル。 J.S サージエント「ストーク夫妻」 The Metropolitan Museum of Art, New York
Carriage Clock ㏄-038 EDWARD BRIGHT PARIS 290.000円0318
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん ラック時計
神戸 北野町界隈は風見鶏のある風景で、異国情緒の漂う街。 坂道の途中にあった。 オーナーは鉢木 伸一郎さん、 趣味が嵩じて1972年に開業。 仕入れはイギリスやフランス (海外仕入れのハシリ的存在) とくに、ポケットウオッチやミステリアスな機構を持ったアンティーククロックには造詣が深い。 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 欲しいものばか。 ため息が漏れぬよう、奥歯を噛みしめ、狭い店内を見回したものでした。 マホガニー材のラック時計(自重時計) の本体は大理石の球体で、大変 重い. フランス製
ラック時計(自重時計) FRANCE NOA Antique0318
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 3 ラック時計
神戸 北野町界隈は風見鶏のある風景で、異国情緒の漂う街。 坂道の途中にあった。 オーナーは鉢木 伸一郎さん、 趣味が嵩じて1972年に開業。 仕入れはイギリスやフランス (海外仕入れのハシリ的存在) 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 欲しいものばか。 ため息が漏れぬよう、奥歯を噛みしめ、狭い店内を見回したものでした。 マホガニー材のラック時計 (自重時計・グラビティクロック) 本体は大理石の球体で、大変 重い。 1900年頃 フランス製 ブラス製のラック時計は、自重で1日で下まで降りる。 所謂 1日巻 アンソニアだとおもっているのだが Ansoniaのカタログを当たってみたが、出て来ない・・・・・ その内に ・・・出てきました。 画像の、ラッククロックは1920年の「クリスタルパレス英産業フェァ」に初出展された 英国人のThomas Watson のパテントで、 kee-less clock の名称で Watson Clock Company などで製造・販売された・・・ 云々 で、1921年にAnsonia Clock Company に引き継がれた。 とのこと。 さて、鉢木さんから購めたモノなので、やはり英国製なのかとも考えています。 この原理の時計は、17世紀初頭には考案・制作されていたようです。 6枚目の画像 1600年/ドイツ rack clock、 7枚目の画像は trick rack clock 1780年
ラック時計(自重時計) FRANCE Ansonia NOA antique0318
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 4 Carriage Clocks 3点
神戸 北野町界隈は風見鶏のある風景で、異国情緒の漂う街。 NOA ANTIQUE は、坂道の途中にありました。 オーナーは鉢木 伸一郎さん、 趣味が嵩じて1972年に開業。 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 さて、carriage clock 3 点、 後ろの2台、cc-046,cc-050,は Squear fruted Column with Pierced Panels Case (92Fで紹介) 左端、文字盤は Champleve (細密なエッチング+エナメル加工) 1880年代 ビクトリア朝スタイル、リング部分は象牙加工。 前右、10㎝hのミニチュァタイプ cc-058 ケースや文字盤に細密なエッチングが施されています。 これらは 1984年から87年に、NOA ANTIQUEから購きました。 鉢木さんとは20数余年のお付合いになりました、が・・・・ ’95年の阪神淡路大震災で全てを失い、 精神的に不安定な状態に・・・ ご子息が、西麻布の antique 23 で、 中国製のトールビヨンなどを扱われていましたが・・・? 没交渉になってしまいました。
Carriage Clock FRANCE 神戸 北野 NOA Antique0318
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 5 Carriage ? Clock cc - 068
神戸 北野町界隈は 風見鶏のある風景で、神戸でも特に異国情緒の漂う街。 NOA antique は、坂道の途中にあった。 オーナーは鉢木 伸一郎さん。 趣味が嵩じて1972年に開業。 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 とくに、ポケットウオッチやミステリアスな機構を持ったアンティーククロックに造詣が深い。 画像の時計は、円筒状のガラスで、スッポリかぶせるタイプ、今まで見たことが無い。 Carriage 持ち運びはそれ程容易ではないのですが・・・ 外観はハンドルが無いだけで、円筒形の Carriage Clock
Carriage clock cc-068 France 90.000円0318
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時代のさきがけ 渋谷 神山町 「ポートベロー」 吉田ヨシコさん 追憶 #3
1973年刊の雑誌「室内」に、西洋ガラクタ店の女主人と題した特集記事がある。 アンティークショップ「ポートベロー」の吉田ヨシコさんが紹介されています。 「もう50年になるんだなー」と深く息を吸い込んで、読み返してみる。 吉田さんは、サバサバとしたもの言いの、チャーミングな女店主・・・ ご主人は、商業カメラマン。 知人のイタリア人のデザイナーが店舗のデザインをしてくれたとのこと、 5角形のウインドウが印象深い。 さて、吉田さんから譲って頂いた、英国製マントルクロック。 よくよく見ると、右下のギボシはオリジナルではない。 以前の持ち主が、失われていたその部分を丹念に削り出したもののようだ。 前の持ち主の、深~い想いが伝わってきてうれしい。 これが、使い込まれたアンティークの良いところだ。 窓から差し込む、遅い午後の陽射し。 静かに時を刻む祖父から受け継いだ古い時計。 さて、一息入れるとしようか・・・・ 読みかけの本を、静かに伏せる。 もしや、と気付き、1973年の「室内」後付を改めてみました。 やはりそうでした、発行者:山本 夏彦とあります。 山本 夏彦(1915~2002) 著名な随筆家。 大正4年 - 詩人・山本露葉の三男として下谷根岸で生まれる。 金貸しだった祖父・山本義上の莫大な遺産により裕福な家庭だった。 長男山本伊吾は新潮社で、編集者として写真週刊誌『FOCUS』の編集長などを務めた。 義兄にロシア文学者、脚本家の八住利雄。 甥に脚本家の白坂依志夫。
mantel clock England 65.000円0318
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The Bamboo case cc - 141
carriage clock の ケースのバリエーションは、大まかに14~15種類ほどでしょうか? Gorge case とか Anglaise caseなど等、 おいおい紹介していこうと思います。 第一弾は bamboo case です。 bamboo case は、1870年以降のデザインで、 竹を立体に組合せた形で、オリエントの美と文化を表している。 中国や日本など、オリエンタルマーケットに向けた意匠です。 17~18世紀、東インド会社を通して齎される、シノワズリやジャポニスムへの憧れは 王侯貴族ばかりではなく、大変なものだったようですね。 ■シノワズリ 17世紀から19世紀初頭にヨーロッパで興った中国趣味、中国語を意味する「chinois(シノワ)に由来する。 イエズス会の宣教師や東インド会社によってヨーロッパに齎された中国の陶磁器や造園技術などに触発され、陶器や家具、庭園のデザインなどに取り入れらしも中国のものに限らず、実態は日本や朝鮮、タイ、ベトナムなどの文化も混じった「東洋趣味」であった。 さて、日本は 1867(慶応3)年、第2回パリ万国博覧会に初参加、国際舞台へのお披露目を果たした。 徳川慶喜の弟、吉武(15歳)が首席を務めた。 「日本館」では、数寄屋造りの家屋や日本庭園を造園するなどして、東洋の島国をアピール。 浮世絵や陶漆器などの珍なる品々・ジャポニスムは、アールヌーボーの源流の一つとなった。
Carriage Clock Bamboo case cc - 141 FRANCE Web Auction0318
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友情を温めた ポール・ポワレ Paul Poiret (1879~ 1944)
ファッションデザイナーとしてコルセット不要のドレスを造り、女性の自然な身体美を再評価したポワレは、20世紀モードに革命を起こしたクチュリエ。 ポール・ポワレ 壁にデュフィのタブロー「モーッアルトへのオマージュ」 1926年 3枚目の画像は、デュフィの「ポワレの服を着たマヌカンたち、1923年の競馬場」 ポワレのドレスに、不思議な折衷的雰囲気がどこか浮世絵の美人画に重なるのは、その頃話題になったパリ装飾美術館の浮世絵展の影響だろう。 ポワレは、きものの異国性を際立たせながらも、 直線構造ゆえに緩やかな、きものの本質を的確に掴んでいた。 流行の日本趣味にも先端アートにも通じていた彼は、アートディレクターの才を備え、 若いアーティストを援助した。香水、既製服など、次々に現代的ファッションビジネスの新モデルを打ち出し、パリ・モードの帝王として君臨。 ファション界のピカソと言われた。 しかし、アールデコ展の莫大な散財から立ち直れず、養老院で65歳の生涯を閉じた。 さて、100年前の、 華やかな ポール・ポワレのイメージに寄り添えるものを探してみました。 1920年代 赤のカットガラスの香水ボトル。 PUTI PARIS さんから購いたものです。 ポワレは、香水でも一時代を画しました。
フレグランス ボトル FRANCE puti PARIS0318
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わが家の DUFY
デュフィは北フランス、ノルマンディー、ル・アーブルに生まれる。 「色彩の魔術師」 20世紀のフランス パリを代表するフランス近代絵画家。 生まれ故郷の、ル・アーブルの港町は、彼が生涯愛したモチーフとなった。 父母は音楽愛好家で、兄弟のうち2人はのちに音楽家として活躍。 アンリ・マティスに感銘を受け彼らとともに野獣派(フォーヴィスム)の一員に数えられるが、 デュフィのその作風は他のフォーヴたちと違った独自の世界を築いている。 デュフィの陽気な透明感のある色彩と、リズム感のある線描の油絵と水彩絵は画面から音楽が聞こえるような感覚をもたらす。 画題は多くの場合、音楽や海、馬や薔薇をモチーフとしてヨットのシーンやフランスのリビエラのきらめく眺めを描いた。 またデュフィは本の挿絵、舞台美術、多くの織物のテキスタイルデザイン、 莫大な数のタペストリー、陶器の装飾、 『VOGUE』表紙などを手がけ多くのファッショナブルでカラフルな作品を残している。
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 8 ジャンピングアワー
そういえば、50F の ジャンピングアワークロック これも鉢木さんから 購いたものでした とくに、ポケットウオッチやミステリアスな機構を持ったアンティーククロックには造詣が深い。 この ジャンピングアワークロックは、1910年代に製造されたclock です。
jumping houre watches I W C NOA Antique0318
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神戸北野 NOA Antique 鉢木伸一郎 さん - 7 Skelton clock
神戸 北野町界隈は風見鶏のある風景で、異国情緒の漂う街。 坂道の途中にあった。 オーナーは鉢木 伸一郎さん。 趣味が嵩じて1972年に開業。 吟味された古時計やランプ・ギヤマン器など等が3坪の店にぎっしり。 さて、このスケルトン時計は、 初期フランスメーカーに多く見られる技法で、 振子が絹糸で吊り下げられている。 この事で、厄介な気温変化などに対応したものです。
Skelton clock FRANCE NOA Antique0318
