みんなのコレクションが集まるミュージアム

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鉄道模型 Nゲージ 〜客車編〜

主に国鉄・JRの客車を展示します。

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    マイクロエース A0297 7100形 義経号+客車4両 木箱セット

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    マイクロエース A0298 7100形 弁慶号+客車4両 木箱セット

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    KATO 10-172 10系急行形寝台客車 7両セット

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    KATO 10-290 ナハ10系 特急「かもめ」 後期編成 基本・7両セット

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    KATO 10−563 10系 寝台急行「妙高」 基本6両セット

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    KATO 10-816 10系寝台急行「能登」 7両基本セット

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    マイクロエース  A1583 10系客車 急行「安芸」 基本10両セット

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    マイクロエース A1584 10系客車 急行「安芸」 増結3両セット

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    マイクロエース A1585 国鉄 10系客車 急行 「出雲」 基本7両セット

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    マイクロエース A1586 国鉄 10系客車 急行 「出雲」 増結4両セット

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    マイクロエース A7250 国鉄 10系客車 急行「天の川」 基本7両セット

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    マイクロエース A1562 EF58-136+10・43系客車 急行「鳥海」基本8両セット

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    マイクロエース A1563 EF58-136+10・43系客車 急行「鳥海」増結7両セット

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    マイクロエース  A1560 EF57-5+10・43系客車 急行「八甲田」基本8両セット

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    マイクロエース A1561 A1561 EF57-5+10・43系客車 急行「八甲田」増結4両セット

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    マイクロエース A8556 EF58-75 青色・スハネ30・44系客車 急行 銀河 基本8両セット

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    マイクロエース A8544 EF58-26 茶色・マロネ40・10系寝台列車 急行「彗星」 基本8両セット

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    マイクロエース A8545 マロネ40・10系寝台列車 急行「彗星」 増結8両セット

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    マイクロエース A5230 EF58-57・44系客車 特急「つばめ」 青大将 基本7両セット

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    マイクロエース A5231 44系客車 特急「つばめ」 青大将 増結6両セット

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    マイクロエース A5260 EF58-86+44系客車 臨時特急 「さくら」 基本7両セット

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    マイクロエース A 5261 EF58-86+44系客車 臨時特急 「さくら」 増結3両セット

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    マイクロエース A4230 C62・特急かもめ号7両セット

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    マイクロエース  A4240 C59-19・10系客車 九州観光号 7両セット

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    マイクロエース A4250 C62-1・10系客車 2000年記念特別セット (7両セット)

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    マイクロエース A9335 オシ16-0・2000 2両セット

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    マイクロエース A4291 C63-1 10系客車 幻の急行列車 木箱入り・7両セット

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    マイクロエース A4271 国鉄C11-91・61系客車 ディスカバー・ジャパン号 ポンパ列車 6両セット

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    MODEMO NS3 スハ32

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    KATO 10−390  スハ44系  「つばめ・はと」 7両セット

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    マイクロエース A0297 7100形 義経号+客車4両 木箱セット

    北海道最初の鉄道は、アメリカ人のクロフォードに指導を受け、1880年11月、手宮・札幌 間の幌内鉄道が開通しました。機関車はアメリカのH.K.ポーター社から軸配置1Cのテ ンダ式機関車を2両輸入しました。1882年、1884年、1889年に2両ずつ増備され、最終 的に8両となりました。
    輸入順に「義経」「弁慶」「比羅夫」「光圀」「信玄」「静」と名付けられ、1889年製の2両には名付けられませんでした。
    幌内鉄道は1889年北海道炭礦鉄道 に払い下げられた後、1906年国鉄に買収され、主に北海道内で新線建設工事の作業 用機関車として使用されました。
    これらに牽引された客車のうち、当セットの客車は北海 道炭礦鉄道手宮工場製の二三等車にさ35・36号(国鉄形式フコロハ5970・5971)、三等車さ 1-6,8-12,16-18,22号(国鉄形式フコハ7925-7939)です。1917年「静」から廃車が始まり、 1924年までに全機廃車されましたが、現在でも「義経」は京都鉄道博物館に、「弁慶」は大宮の鉄道博物館に、「静」は北海道の小樽交通記念館にそれぞれ保存されています。

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    • 登録日:2021/9/15

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    マイクロエース A0298 7100形 弁慶号+客車4両 木箱セット

    北海道最初の鉄道は、アメリカ人のクロフォードに指導を受け、1880年11月、手宮・札幌間の幌内鉄道が開通しました。
    機関車はアメリカのH.K.ポーター社から軸配置1Cのテ ンダ式機関車を2両輸入しました。
    1882年、1884年、1889年に2両ずつ増備され、最終 的に8両となりました。
    輸入順に「義経」「弁慶」「比羅夫」「光圀」「信玄」「静」と名付けられ、1889年製の2両には名付けられませんでした。
    幌内鉄道は1889年北海道炭礦鉄道に払い下げられた後、1906年国鉄に買収され、主に北海道内で新線建設工事の作業用機関車として使用されました。
    これらに牽引された客車のうち、当セットの客車は北海道炭礦鉄道手宮工場製の二三等車にさ35・36号(国鉄形式フコロハ5970・5971)、三等車さ 1-6,8-12,16-18,22号(国鉄形式フコハ7925 。7939)です。1917年「静」から廃車が始まり、 1924年までに全機廃車されましたが、現在でも「義経」は大阪の交通科学博物館に、「弁慶」は東京の交通博物館に、「静」は北海道の小樽交通記念館にそれぞれ保存されています。

    (データはモデル発売当時のもの)

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      44がいいね!と言っています。

    • 登録日:2021/9/14

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    KATO 10-172 10系急行形寝台客車 7両セット

    昭和30年代に登場したナハ10以降の客車は、それまでの客車とは一線を画したものであった。
    「軽量客車」と呼ばれるこれらの客車は、輸送力増強・速度向上などを目指して、徹底的に軽量化を図られたのが最大の特徴である。
    スハ43系に比べ30%の軽量化を実現し、以後の客車はすべて「軽量客車」となった。

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    • 登録日:2020/11/12

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    KATO 10-290 ナハ10系 特急「かもめ」 後期編成 基本・7両セット

    昭和31年以降10系軽量客車の登場とともにスハ44系から10系客車へ置き換えられ、末期は浜松機関区のEF58が岡山まで牽引していました。

    同じナハ10の走行音
    https://youtu.be/hR1BJInLaQo

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    • 登録日:2020/12/27

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    KATO 10−563 10系 寝台急行「妙高」 基本6両セット

    信州・新潟県の直江津と首都圏を結ぶ寝台急行「妙高」は、全区間をEF62が牽引し、10系寝台車、一般形客車、荷物車、郵便車といったバラエティに富んだ編成で運行されていました。碓氷峠の横川~軽井沢間ではEF63も組み、上り列車ではEF63+EF63+EF62の3重連で峠を走破していました。

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    • 登録日:2021/11/5

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    KATO 10-816 10系寝台急行「能登」 7両基本セット

    北陸と首都圏を結ぶ夜行急行「能登」は、時代ごとに姿を変えながら活躍した列車です。
    昭和の時代に活躍したEF58 35長岡運転所牽引のスハ43系、10系寝台客車からなる夜行急行でした。

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    • 登録日:2020/12/23

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    マイクロエース  A1583 10系客車 急行「安芸」 基本10両セット

    急行「安芸」は東京都広島を呉線経由で結んでいた急行列車です。
    1960年代末期の頃から幅広車体を持つ10系寝台車とオシ17型食堂車のみで組成されるようになり、整った外観を持つ列車でした。
    東京-糸崎間はEF58型電気機関車が牽引し、呉線においてはC59やC62等の大型蒸気機関車がヘッドマークを掲げて日中に牽引したことから、SLファンの注目を集めました。その後、1970(昭和45)年に電車化、1975(昭和53)年に廃止されました。

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    • 登録日:2021/2/1

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    マイクロエース A1584 10系客車 急行「安芸」 増結3両セット

    急行「安芸」は東京都広島を呉線経由で結んでいた急行列車です。
    1960年代末期の頃から幅広車体を持つ10系寝台車とオシ17型職同社のみで組成されるようになり、整った外観を持つ列車でした。東京-糸崎間はEF58型電気機関車が牽引し、呉線においてはC59やC62等の大型蒸気機関車がヘッドマークを掲げて日中に牽引したことから、SLファンの注目を集めました。
    その後、1970(昭和45)年に電車化、1975(昭和53)年に廃止されました。

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    • 登録日:2021/2/9

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    マイクロエース A1585 国鉄 10系客車 急行 「出雲」 基本7両セット

    1955(昭和30)年、国鉄では拡大する旅客需要に対応するために新型客車の製造を開始しました。これが10系客車です。10系客車の大きな特徴として、従来の客車と比較して大幅な軽量化が達成された事が挙げられます。1965(昭和40)までにグループ全体で1000両以上が製造され、全国各地で活躍しました。1970年代に入ってからは次第に活躍の場を地方線区へと移し始め、最終的に1985(昭和60)年までに全車の営業を終了しました。急行「出雲」は東京と山陰地方を結んでいた急行列車です。1951(昭和26)年に登場した急行「いずも」がその前身で、1964(昭和39)年10月以降は寝台車・座席指定車を中心とした長編成となりました。1966(昭和41)年のDD54登場以降は新鋭機関車との組合せが多くのファンを魅了しましたが、1972(昭和47)年には寝台特急「出雲」へ格上げされる形で消滅しました。

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    • 登録日:2021/12/2

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    マイクロエース A1586 国鉄 10系客車 急行 「出雲」 増結4両セット

    1955(昭和30)年、国鉄では拡大する旅客需要に対応するために新型客車の製造を開始しました。これが10系客車です。
    10系客車の大きな特徴として、従来の客車と比較して大幅な軽量化が達成された事が挙げられます。1965(昭和40)までにグループ全体で1000両以上が製造され、全国各地で活躍しました。1970年代に入ってからは次第に活躍の場を地方線区へと移し始め、最終的に1985(昭和60)年までに全車の営業を終了しました。
    急行「出雲」は東京と山陰地方を結んでいた急行列車です。
    1951(昭和26)年に登場した急行「いずも」がその前身で、1964(昭和39)年10月以降は寝台車・座席指定車を中心とした長編成となりました。1966(昭和41)年のDD54登場以降は新鋭機関車との組合せが多くのファンを魅了しましたが、1972(昭和47)年には寝台特急「出雲」へ格上げされる形で消滅しました。

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    • 登録日:2021/8/2

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    マイクロエース A7250 国鉄 10系客車 急行「天の川」 基本7両セット

    1955(昭和30)年、国鉄では拡大する旅客需要に対応するために新型客車の製造を開始しました。
    10系客車のうち、寝台車は最大車体幅が国鉄では初めて2900mmとされています。
    これは極力寝台寸法を拡大し、居住性を向上させたためです。このため「裾絞り」と呼ばれる車体形状が初めて登場しました。
    1965(昭和40)までにグループ全体で1000両以上が製造され、全国各地で活躍しました。
    1970年代に入ってからは次第に活躍の場を地方線区へと移し始め、最終的に1985(昭和60)年までに全車の営業を終了しました。急行「天の川」は上野と新潟を上越線経由で結んでいた夜行急行列車です。
    1958(昭和33)年に上野~新潟間の夜行準急列車に「越後」の愛称が付けられ、1962(昭和37)年に「天の川」と改称されました。
    1972(昭和47)年には寝台急行列車化され、運転区間が上野~秋田間に延長されました。
    長らく10系客車を主体として編成で活躍しましたが、1976(昭和51)年までに20系客車が投入され、10系寝台車は引退しました。

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    • 登録日:2021/3/10

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    マイクロエース A1562 EF58-136+10・43系客車 急行「鳥海」基本8両セット

    1950年12月から上野~秋田間を奥羽本線経由で結ぶ夜行急行「鳥海」が登場しました。
    1965年からは上越・羽越線経由になり、新津への郵便・ 荷物輸送や出稼ぎ客などで賑わい、旧型客車を使用する急行としては遅くまで残っていましたが、1982年11月に寝台特急「出羽」に格上げとなり、上野~青森間の電車特急に転進しました。1985年3月は上野~秋田間と短縮され臨時へ格下げとなり1988年3月改正には廃止されました。
    しかし、1990年には上野~青森間の「あけぼの1,4号」が上越、羽越本線経由となり、再び夜行寝台特急の愛称として「鳥海」が復活しましたが、 秋田新幹線が開業した1997年10月に愛称が「あけぼの」に戻ったため「鳥海」の愛称は消滅してしまいました。
    本品は旧型客車が使用されていた1976年~1982年頃の編成で、パレット積み荷物車(スニ40・スニ41)を組み込んだ編成が特徴でした。水上 ~石打間は先頭にEF16が補機として連結されました。

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    • 登録日:2021/3/6

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    マイクロエース A1563 EF58-136+10・43系客車 急行「鳥海」増結7両セット

    1950年12月から上野~秋田間を奥羽本線経由で結ぶ夜行急行「鳥海」が登場しました。
    1965年からは上越・羽越線経由になり、新津への郵便・ 荷物輸送や出稼ぎ客などで賑わい、旧型客車を使用する急行としては遅くまで残っていましたが、1982年11月に寝台特急「出羽」に格上げとなり、上野~青森間の電車特急に転進しました。
    1985年3月は上野~秋田間と短縮され臨時へ格下げとなり1988年3月改正には廃止されました。
    しかし、1990年には上野~青森間の「あけぼの1,4号」が上越、羽越本線経由となり、再び夜行寝台特急の愛称として「鳥海」が復活しましたが、 秋田新幹線が開業した1997年10月に愛称が「あけぼの」に戻ったため「鳥海」の愛称は消滅してしまいました。
    本品は旧型客車が使用されていた1976年~1982年頃の編成で、パレット積み荷物車(スニ40・スニ41)を組み込んだ編成が特徴でした。
    水上 ~石打間は先頭にEF16が補機として連結されました。

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    • 登録日:2021/12/16

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    マイクロエース  A1560 EF57-5+10・43系客車 急行「八甲田」基本8両セット

    東北本線の客車急行「八甲田」が上野~青森間に誕生したのは1961年10月で、1959年7月に登場していた盛岡~大鰐間の準急を引き継いで登場しました。
    旧型客車を使用したのは1979年までで、12系客車を経て1985年に14系客車化されました。
    首都圏と東北・北海道を結ぶ唯一の急行列車として活躍していましたが、1993年12月に廃止となりました。
    1994年以降も臨時列車として運転されていましたが1999年以降は時刻表から姿が消えました。
    本品は旧型客車が使用され、寝台車が連結されなくなっていた1977年~1979年頃の編成で、荷物車(ワサフ)を組み込んだ編成が特徴でした。

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    • 登録日:2021/3/10

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    マイクロエース A1561 A1561 EF57-5+10・43系客車 急行「八甲田」増結4両セット

    東北本線の客車急行「八甲田」が上野~青森間が誕生したのは1961年10月で、1959年7月に登場していた盛岡~大鰐間の準急を引き継いで登場しました。旧型客車を使用したのは1979年までで、12系客車を経て1985年に14系客車化されました。首都圏と東北・北海道を結ぶ唯一の急行列車として活躍していましたが、1993年12月に廃止となりました。1994年以降も臨時列車として運転されていましたが、1999年以降は時刻表から姿が消えました。 本品は旧型客車が使用され、寝台車が連結されなくなっていた1977年~1979年頃の編成で、荷物車(ワサフ)を組み込んだ編成が特徴でし た。

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    • 登録日:2019/3/7

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    マイクロエース A8556 EF58-75 青色・スハネ30・44系客車 急行 銀河 基本8両セット

    1949年9月15日改正において誕生した東京・大阪間を結ぶ2本の夜行急行列車のうち、1往復には夜行列車のシンボルとして「銀河」と名付けられました。マイネ40を2両含むオール1・2等客車で組成され、特急列車と同様にカラフル な行灯式のテールマークも提出されました。
    しかし利用客が少ないために僅か10日間で3等車の連結を行い、テールマークも廃止されてしまいました。
    1950年10月1日改正で、かつての東海道線の終着駅である神戸に延長されました。
    1961年10月1日改正からは寝台列車化され、1976年2月には20系客車へ、1985年3月から14系客車、さらには1986年11月から24系客車に置き換えられ、装いを改めながらその愛称は受け継がれ、2008年の廃止まで東京・大阪間を結んでいました。
    本品は、1967年頃の急行「銀河」を再現したものです。

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    • 登録日:2021/12/16

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    マイクロエース A8544 EF58-26 茶色・マロネ40・10系寝台列車 急行「彗星」 基本8両セット

    1949年9月15日改正において誕生した東京・大阪間を結ぶ2本の夜行急行列車のうち、東京担当列車には「銀河」と名付けられましたが、大阪担当列車は無名で俗称として「流星」と呼ばれていました。
    1950年11月2日改正で正式に「彗星」と命名されました。
    1956年11月19日改正では「出雲」となり山陰へ延長されたため、輸送力確保のため東京・大阪間に不定期急行を増発、これを「彗星」としましたが、 翌1957年10月1日改正で定期列車に格上げ、1等寝台車を5両連結する豪華な列車になりました。
    急行「彗星」は1964年10月1日改正で廃止されましたが、1968年10月1日改正から新大阪・宮崎間の寝台特急として復活し、その愛称は受け継がれていました。
    本品は、荷物車1両を含む15両の長大編成で、食堂車も連結していた1962年当時の急行「彗星」を再現したものです。

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    • 登録日:2021/12/16

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    マイクロエース A8545 マロネ40・10系寝台列車 急行「彗星」 増結8両セット

    1949年9月15日改正において誕生した東京・大阪間を結ぶ2本の夜行急行列車のうち、東京担当列車 には「銀河」と名付けられましたが、大阪担当列車は無名で俗称として「流星」と呼ばれていました。 1950年11月2日改正で正式に「彗星」と命名されました。1956年11月19日改正では「出雲」となり山陰へ延長されたため、輸送力確保のため東京・大阪間に不定期急行を増発、これを「彗星」としましたが、 翌1957年10月1日改正で定期列車に格上げ、1等寝台車を5両連結する豪華な列車になりました。急行 「彗星」は1964年10月1日改正で廃止されましたが、1968年10月1日改正から新大阪・宮崎間の寝台特 急として復活し、その愛称は受け継がれていました。 本品は、荷物車1両を含む15両の長大編成で、食堂車も連結していた1962年当時の急行「彗星」を 再現したものです。

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    • 登録日:2019/3/7

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    マイクロエース A5230 EF58-57・44系客車 特急「つばめ」 青大将 基本7両セット

    1956(昭和31)年11月19日の東海道本線全線電化開業により、東京~大阪間を7時間30分で結んだのが特急「つばめ」です。
    当時、開業記念として機関車・客車の塗色を極秘のうちに全て明るい緑色に塗り替えられました。

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    • 登録日:2021/2/3

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    マイクロエース A5231 44系客車 特急「つばめ」 青大将 増結6両セット

    1956(昭和31)年11月19日の東海道本線全線電化開業により、東京~大阪間を7時間30分で結んだのが特急「つばめ」です。
    当時、開業記念として機関車・客車の塗色を極秘のうちに全て明るい緑色に塗り替えられました。

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    • 登録日:2021/2/12

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    マイクロエース A5260 EF58-86+44系客車 臨時特急 「さくら」 基本7両セット

    特急「さくら」は、1951年4月1日から5月10日まで、特急「つばめ」「はと」の混雑緩和を図るため、東京~大阪間に運転された臨時特急です。
    1955年3月19日から再度運転を開始し、1957年10月1日から不定期特急に格上げされましたが、1958年10月1日電車特急「こだま」登場にともない「さくら」は廃止されました。
    その後、1959年7月20日に東京~長崎間の寝台特急「平和」が20系客車化される際に「さくら」へ改称されたため復活しました。現在は「はやぶさ」と併結列車となりながらも定期列車として運転され続けています。
    本品は、1957年10月1日に不定期特急に格上げされ、青大将色の客車を使用していた頃の編成です。

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    • 登録日:2021/2/3

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    マイクロエース A 5261 EF58-86+44系客車 臨時特急 「さくら」 増結3両セット

    特急「さくら」は、1951年4月1日から5月10日まで、特急「つばめ」「はと」の混雑緩和を図るため、東京~大阪間に運転された臨時特急です。
    1955年3月19日から再度運転を開始し、1957年10月1日から不定期特急に格上げされましたが、1958年10月1日電車特急「こだま」登場にともない「さくら」は廃止されました。
    その後、1959年7月20日に東京~長崎間の寝台特急「平和」が20系客車化される際に「さくら」へ改称されたため復活しました。現在は「はやぶさ」と併結列車となりながらも定期列車として運転され続けています。
    本品は、1957年10月1日に不定期特急に格上げされ、青大将色の客車を使用していた頃の編成です。

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    • 登録日:2021/7/24

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    マイクロエース A4230 C62・特急かもめ号7両セット

    特急「かもめ」は1953年、京都~博多間で運行を開始しました。山陽本線・鹿児島本線を経由し、両線における戦後初の特急列車となっています。
    戦前にも、東京~神戸間で特急「鴎(かもめ)」が運転されており、その復活と解釈することもできます。
    牽引はC59やC62が担当したほか、急勾配のある山陽本線・瀬野~八本松間を走破するため、補機としてD52が使用されることもありました。
    戦後、不足していた旅客用機関車を確保するため、D52の改造名義で登場したのがC62であり、両者には深い関係があります。
    1961年に「かもめ」へキハ82系気動車が投入されたことで、C62は同列車から撤退。
    その後、東京~広島間を呉線経由で結んでいた急行「安芸」などを牽引しました。
    この「安芸」は、のちに「あせかぜ」へ統合され、ブルートレイン全盛の時代へと突入していきます。

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    • 登録日:2021/3/29

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    マイクロエース  A4240 C59-19・10系客車 九州観光号 7両セット

    昭和36年国内旅行は列車を利用するのがあたりまえの時代でした。
    そこで旅行会社等が出資した「利用債」による10系寝台客車の改造・新製が行われました。
    車番は600番代及び電気暖房付2600番代でそれまでの形式から区別され外部塗色もクリーム1号の帯が車体下に追加され、昭和37年から団体専用列車として全国各地へ向け運転
    されるようになりました。
    C59-19号機は九州のカマです。
    九州の機関車は整備がたいへん良行で、ボディーなども黒煙でみがきこまれていて一見黒ではなくグレーに見えるほどでした。

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    • 登録日:2020/10/17

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    マイクロエース A4250 C62-1・10系客車 2000年記念特別セット (7両セット)

    ミレニアム・2000年を迎えたことを記念し、特別アイテムとして用意されたこのセットは、機関車にまるでブラス製であるかのようなゴールド塗装を施し、鮮やかな仕上げとしたものです。
    客車は、A4230 C62-1・10系客車 特急「かもめ」 7両セットと同じ構成となっています。
    マイクロエースの185系TGV塗装や、思案塗装といった奇天烈な商品が揃う顔触れ中でも、ド肝を抜いた商品が本品である。

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    • 登録日:2020/7/1

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    マイクロエース A9335 オシ16-0・2000 2両セット

    オシ16形は1962(昭和37)年にスハ32系をベースに6両が鋼体化改造で登場した食堂車です。
    車体中央に調理室とビュッフェカウンターを、両側にサロン室を設置して、夜行急行列車における休憩スペースとしての利用が想定されていたため、出入り台の無いことや左右両面で外見が異なるなど異色の車両として知られました。
    蒸気暖房仕様の1番から3番と、電気暖房仕様の2004番から2006番が登場し、このうち0番台は乗り心地向上のために台車がTR47に交換されたのが特徴です。
    晩年は品川客車区の0番台が急行「瀬戸」、尾久客車区の2000番台が急行「十和田」で活躍しましたが、夜行急行列車の寝台特急格上げの進行とともに活躍の場を失い登場から10年あまりの1972(昭和47)年に引退しました。

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    • 登録日:2021/1/30

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    マイクロエース A4291 C63-1 10系客車 幻の急行列車 木箱入り・7両セット

    実車 国鉄の蒸気機関車の新製は1950年で終了し、動力近代化の時代を迎えて蒸気機関車廃止が考えられていましが、予算の都合や開発の遅れのため一時的に蒸気機関車の新製が考えられました。
    そこで1955年に最新型の蒸気機関車として設計が具体化され たのがC63で、C58を改良して性能を向上させた機関車です。
    設計は関係者の努力により短期間で完成し、製作開始の指示を待つだけになっていましたが、急速に進んだ電化とディーゼル化により製造は中止され、結局図面のみ完成した「幻の蒸気機関車」となってしまいました。
    当セットは、C63が客車列車を牽引したと仮定した幻の客車列車セットです。

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      47がいいね!と言っています。

    • 登録日:2021/12/2

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    マイクロエース A4271 国鉄C11-91・61系客車 ディスカバー・ジャパン号 ポンパ列車 6両セット

    昭和45年10月14日(鉄道記念日)から昭和46年6月末にかけて、北海道~九州・全国 200の駅で展示されました。
    国鉄の「ディスカバー・ジャパン号 -美しい日本と私」キャンペーン第一号の企画で、創 業60周年を迎えた日立製作所が協賛をしました。
    1号車のC11-91は無火としたため移動には他の機関車がけん引しました。
    2号車は電源車、3~6号車は日立製作所の家電製品・エレクトロニクスを中心とする子供 向けの展示車となっていました。
    本品のC11には動力が入っておらず、別途機関車が必要です。

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    • 登録日:2020/7/1

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    MODEMO NS3 スハ32

    スハ32系は、昭和初期に製造され、長い間各地で活躍した旧形客車です。
    機関車の性能向上による列車の高速化に対応するため、車体の鋼製化計画がされ、昭和3年より車体長を20mに統一した本格的な鋼製客車が製造されました。

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    • 登録日:2020/12/27

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    KATO 10−390  スハ44系  「つばめ・はと」 7両セット

    戦後の復興も始まり、輸送力にも徐々にゆとりは出始めた昭和24年(1949)、東京~大阪間に展望車や食堂車を連結した特急列車が「へいわ」という愛称で5年ぶりに復活しました。
    翌25年(1950)に「へいわ」は一般公募により「つばめ」へと改称され、同年4月には特別2等車(現在のグリーン車)を5両も連結した豪華編成へと生まれ変わりました。当時の「つばめ」には寄せ集めに近い一般の客車が使用されていましたが、この時、先にデビューしたスハ43系をベースに作られた客車がスハ44系です。
    優れた乗り心地のTR47形台車を採用、内装は特急列車にふさわしく、3等車は進行方向固定の2人がけシート、特別2等車はリクライニングシートを装備、食堂車には最新の冷房装備も搭載されていました。スハ44系がデビューした当時、国鉄の客車は「ぶどう色1号」という、後の「ぶどう色2号」よりも暗い茶色で塗装されていました。
    これは、当時大半の車両が蒸気機関車の煤煙の影響を受けていたためで、汚れが目立ちにくいという理由です。
    特急「つばめ」の牽引は、電化区間を当時最新鋭の電気機関車EF58形、非電化区間をわが国最大・最強の蒸気機関車C62形が担っていました。時速90km以上で濃尾平野を疾走し、ドラフトを
    咆哮させて関ヶ原を駆け上るC62と「つばめ」の
    活躍は、昭和31年(1956)11月の東海道本線全線電化まで続きました。

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      46がいいね!と言っています。

    • 登録日:2021/7/20

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