マイクロエース A8545 マロネ40・10系寝台列車 急行「彗星」 増結8両セット

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1949年9月15日改正において誕生した東京・大阪間を結ぶ2本の夜行急行列車のうち、東京担当列車 には「銀河」と名付けられましたが、大阪担当列車は無名で俗称として「流星」と呼ばれていました。 1950年11月2日改正で正式に「彗星」と命名されました。1956年11月19日改正では「出雲」となり山陰へ延長されたため、輸送力確保のため東京・大阪間に不定期急行を増発、これを「彗星」としましたが、 翌1957年10月1日改正で定期列車に格上げ、1等寝台車を5両連結する豪華な列車になりました。急行 「彗星」は1964年10月1日改正で廃止されましたが、1968年10月1日改正から新大阪・宮崎間の寝台特 急として復活し、その愛称は受け継がれていました。 本品は、荷物車1両を含む15両の長大編成で、食堂車も連結していた1962年当時の急行「彗星」を 再現したものです。

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    チュル

    2019/3/7

    この時代の日本にタイムトラベルしてみたいですよね!
    彗星は最初急行だったってのも凄いですし。しかも食堂車付きですか🍴🧂
    何よりこの茶色い旧客がヤバイですよね!めちゃめちゃ乗ってみたいです。
    前に東海道本線の歴史を調べてたら急行大和って列車の事が書いてあって(ご存知かもですが)東京と大阪を結ぶ夜行急行だったらしいんですけど、その列車は東京から現在のJR難波(国鉄湊町)を関西本線経由で結んでいたんだとか。
    JR難波って現在はイマイチな感じの地下駅ですけど、昔は一応大阪のターミナルだったって書いてあってビックリしました。
    寝台車両も連結してたとかで、タイムトラベルしてちょっと乗ってみたくなりましたよ。笑
    YouTubeで当時の動画ないか探してるんですけど、今んとこ一つもないです。

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      Railwayfan

      2019/3/7

      コメントありがとうございます。
      私も10系が現役の頃は見て見たかったです。というのも私は10系のような旧型客車が大好物で、最近のよりは昔の客車が好きです。特に彗星は九州のイメージがあったので、東海道を走っていたのは驚きでした。
      急行 大和ですね。確か牽引機はdd54だった気がします。ちなみに急行大和は奈良県を走っていた優等列車の一つでしたが、奈良県は急行 かすがを 最後に日本で唯一のJRの新幹線・特急・急行がいない県になってしまいました。
      JR難波より南海難波が賑わってますからね。あそこは盲腸線になってます。JR難波駅で降りたら道頓堀までは近かったですが、駅周辺は都市高速のジャンクションだった記憶があります。
      動画も見て見たいですが急行 大和 急行 彗星が存在したのは60年代から70年代なのでカメラは高かったので、あまり存在しないかもしれませんが、あれば興味深いです。

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    mj0129

    2019/3/7

    彗星ですね~。これは、さすがに生で見たことないです。20系時代の写真がいっぱいあったのですが、今現在、行方不明。。。当時、関西小学生のブルトレマニアの間では、明星、あかつきと並んで、人気でしたね。

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      Railwayfan

      2019/3/7

      コメントありがとうございます。
      この編成が一番はじめの彗星になります。20系の彗星は九州に列車名が転用された直後の編成ですね。当時、日豊線も電化されていなかったころの彗星は20系でわずか5年間しか運用されてないため写真は貴重ですね(^^)
      明星やあかつき、なはなどブルトレブームもあって大人気だったそうですね^_^

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      mj0129

      2019/3/7

      なは!忘れてました。西鹿児島行ですが、『なは』でしたね(^^)

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      Railwayfan

      2019/3/7

      そうです^_^当時の沖縄県の返還を記念して名付けられた なは は西鹿児島行きでした。

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