マイクロエース A0273 1号機関車+客車1両付き

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1号機関車保存車

1872年( 治5年)10月14日、新橋~横浜に日本に初めての鉄道が開業するに際して、 イギリスのバルカン・ファウンドリー社から輸入された1B形タンク式蒸気機関車です。輸 入当初は「クラスE」と呼ばれ、1897年に創設された鉄道作業局では「A1形」、1909年に 鉄道院が形式番号を整理したときには「150形」と呼ばれました。
不具合が多かったため、煙突の太さやドームの位置、缶の高さなどが改造されました。
輸入当初は花形機関 車でしたが、続々と登場する大型蒸気機関車に押されて入換え専用機となり、1911年に は島原鉄道へ譲渡されました。
その後国鉄では博物館を開館するために、島原鉄道の 1号機関車を1B1形タンク機関車600形と交換しました。
現在秋葉原の交通博物館に保存され、1997年に重要文化財に指定されました。

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    fanta

    2020/10/18

    人々が履物脱いで乗ったと、エピソードのある汽車🚃ですかね^^
    でも明治5年…そんな頃によく走ったなぁーと思っちゃいます。日本人の変わり身の早さというかw有能ぶりを感じます。

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      Railwayfan

      2020/10/18

      コメントありがとうございます。
      汽笛一声新橋を~♪ので始まる鉄道唱歌のSLのモデルにもなっている1号機関車です。
      乗客が初めて乗車した際に履物を脱いで乗車した有名なエピソードもこのSLです(^^)
      仰います通り、明治時代から良くぞ走ったなあ、と同感です。このSLが出た後、明治から大正にかけて高速蒸気機関車という人々の予想図ありました。
      これが、現代の新幹線へと繋がっています。

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    sat-2019

    2020/10/18

    鉄道博物館に収蔵されている実車に、当時の島原鉄道の社長の署名入りで「惜別無量」と書かれた銘板が取り付けられています。
    600型機関車との交換の際に、別れを惜しんで取り付けられたものだそうで、今でも確認することができます。

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      Railwayfan

      2020/10/18

      コメントありがとうございます。
      島原鉄道の社長のメッセージ「惜別無量」は側面にあるんですよね(^^)
      島原鉄道の開業時に導入していた1号機関車ですが、大変貴重ということで、鉄道記者の方が、鉄道省に返還する運動を行なって交通博物館に保存されているそうですね。

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