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明治天皇、岩倉具視、大隈重信、徳大寺実則(西園寺公望の兄)が当家先祖宅へ

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明治天皇の北陸巡業の際に、明治天皇、側近の徳大寺実則(西園寺公望の兄)、大隈重信、岩倉具視らの一行が、倶利伽羅峠(石川県・富山県境)の高祖母の実家に立ち寄った。細川忠興と細川ガラシャの孫(加賀藩初代藩主・前田利家の孫)が、明治天皇の系譜にあたります。加賀藩二代藩主・前田利長は、細川忠興の甥になります。前田利長の室・玉泉院(織田信長の永姫)と細川ガラシャ(明智光秀の玉姫)は、ガラシャが、織田信長の養女にあたるため、義姉妹にあたります。


【2020年12月判明】

明治天皇の皇后様の祖母が、肥後細川家のお姫様と言う事です。
武家でなく、公家の藤原北家の五摂家、一条家に嫁いでいます。

この一つ前の世代は、越前松平家の福井藩主の正室が、肥後細川家のお姫様。

倶利伽羅峠は、細川一族の拠点の一つであり、加賀藩の越前衆(旧越前朝倉家の家臣)の拠点だったので、そういう事だと思います。
時代を遡り、加賀国北守護の赤松家の正室も、細川一族です。

教科書には、掲載されていませんが、枝葉の戸籍を丹念に
取り寄せると、いろんなことが、分かると思います。

とりあえず、私は、天皇の外戚の系譜のひとりということです。

行く先々の美容院で、美容師に、「こんなに太くて、真っ黒な直毛は、見たことがない。」と言われてきましたが、それは、先祖からの遺伝だったと言うことです。

✳️外戚とは、天皇の母、祖母の系譜で、律令社会では、代々、藤原北家から選ばれていました。