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  • 4F 🔴【閲覧 5890人】加賀藩三代藩主・前田利常(前田利家6の四男)の書(祐筆)/希少 利光(初名)の銘
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🔴【閲覧 5890人】加賀藩三代藩主・前田利常(前田利家6の四男)の書(祐筆)/希少 利光(初名)の銘

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加賀藩の祖・前田利家と側室の庶子が、加賀藩三代藩主・前田利常。当初は、前田利光を名乗り、江戸幕府三代将軍・徳川家光が誕生した為、利常に改名しました。

書は、祐筆の知行書で、前田利光の名で、青山家(旧・織田家の家臣)の家臣・二宮家に宛てられています。二宮家の葬儀の際には、加賀藩二代藩主・前田利長から手紙が届いていた記録があり、青山家でも上級家臣だったと推測されます。

第三代将軍・徳川家光が誕生する前は、利常や利常の子で、加賀藩四代藩主・前田光高が、江戸幕府三代将軍を引き継ぐ予定でした。その後、光高は、江戸で、酒盛り中に、急死。強すぎた故、徳川家の毒殺と言われています。加賀藩の侍帳では、当家の先祖(細川家宗家重臣→越前朝倉家重臣)は、光高の世話衆のひとりに記載されています。


加賀藩3代藩主・前田利常の正室は、
徳川幕府3代将軍・徳川家光の姉(母は、浅井長政の姫、江)。
徳川家光の乳母は、春日局(明智家、稲葉家、斎藤家)。
『光』は、明智光秀の光。
徳川家の背後に、明智光秀がいたと言うことです。

✳️前田利常の正室の侍女は、朝廷から派遣の森山局(細川京兆家)。上原家(細川京兆家)も浅井家と同じく、利常と正室の側近。
先祖は、この後、前田→稲葉→鷹司→西園寺系譜の細川家。

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