🔴【閲覧No3/ 1640人以上】 加賀藩の古地図に残る「五芒星」の怪、そして、織田・豊臣・前田の連携の証~加賀に生きるもうひとりの細川家・明智一族の末裔が明かします

初版 2019/03/11 20:49

改訂 2019/03/12 22:56

  これは、江戸時代の加賀藩(金沢市中心)を流れる浅野川沿いの古地図です。

津田玄蕃とは、加賀藩の中級武士で、室町幕府管領の武衛家・斯波家の流れを汲む織田家の分家で、有名なクリスチャンのサムライです。

 津田玄蕃の屋敷(上の写真)は、現在、兼六園に移築されました。瓦に、島津家の家紋(⊕)の様な「隠れキリシタン」を意味するマークが埋められています。



 そして、上の地図の津田玄蕃の屋敷の敷地には、「五芒星」が描かれています。

下の写真は、長篠の戦いでの「織田信長の陣」です。近くに、「六芒星」のマークをつけた白装束の集団がいます。


「五芒星」、「六芒星」は、フリーメイソンを意味すると言われます。織田信長は、イエズス会にコントロールされて、キリシタンだったと言われています。その織田信長の分家で、キリシタンの津田玄蕃の屋敷の敷地に「五芒星」です。意味深です。


【注】地図の「五芒星」は、家紋の桔梗紋を表しているという話もあります。


赤で囲んだ場所が、先ほどの古地図で、津田玄蕃の屋敷跡だった場所です。

この付近を「玄蕃町」。「天神橋」を渡った場所が「豊国町」、そして、川は、「浅野川」です。

私の持論ですが、玄蕃町は、「織田家」。


豊国町は、このすぐ近くに、加賀藩前田家が、豊臣秀吉を祀った「豊国神社」を建立したことが由緒。つまり、「豊臣家」。

 天神橋は、加賀前田家は、菅原道真、天神様を祖としています。つまり、前田家を表します。浅野川は、前田家と5組の婚姻を結んだ広島藩の浅野家(豊臣秀吉の7人の子飼いのひとり)です。

 つまり、ここに、【織田家】【前田家】【豊臣家】【浅野家】の連携の証が残っています。あくまでも、私の持論です。


最初の地図に戻りますが、五芒星は、源氏を表し、蝶は、平家を表します。加賀百万石は、源氏と平家の武家が混在してた大きな町だったことを示しています。


今や、金沢市の都市伝説ですが、JR金沢駅の鼓門を抜けた天井に、「五芒星」を見ることができます。全くの偶然か、必然か、分かりませんが、地元では、「金沢フリーメイソン伝説」と言われています。もしかすると、加賀の歴史を知った知的なデザイナーが意図的にデザインしたのかもしれません。


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