洛中洛外図がそのままに?倶利伽羅峠に残る足利一族の地名。加賀に生きる、もうひとりの細川・明智一族の末裔が明かします。

初版 2019/03/06 21:46

改訂 2021/05/26 21:58

源平合戦、織田家の内紛(豊臣・前田・細川連合軍 vs 佐々家)で知られる源氏の郷、倶利伽羅峠(石川県・富山県境)には、足利一族に縁の地名が残っていることをコレクションルームの品と一緒に述べた。

   【倶利伽羅峠の足利一族に縁の地名】


【稲葉】は、美濃の斎藤道三・春日局、そして、細川家と親戚の稲葉家。細川ガラシャの娘と縁戚。【清原】は、公家の清原家。細川ガラシャの侍女。吉田家(吉田神社)や細川幽斎の分家。【別所】は、黒田家や赤松家の分家。【菅ヶ原】は、前田家が菅原道真を先祖としているから?【森屋】は、筒井順慶。【久利須】は、クリス、キリシタンだと思う。【赤毛】、地図には出ていないが、子撫川ダムの上の方、氷見市と高岡市の境にある。赤毛は、江戸時代、イギリス人やオランダ人を指した様なので、やはり、キリシタンを指したと思う。

【松永】は、松永氏。洛中洛外図の細川家・細川典厩家の横に松永氏の御殿が描かれている。織田信長に追い詰められて、茶釜を持って、自爆した松永久秀が有名。松永久秀の父親が、この地区の出身と言われる。

松永氏の分家が、内藤氏。高山右近の片腕、内藤如安(ジョアン)が有名。蓮沼城近辺には、【沼田】姓の一族の密集地。沼田は、細川藤孝(幽斉)の重臣家で、幽斉や幽斉の子供達の正室。【蓮沼城】には、細川政元(細川勝元の一男で、細川宗家当主)が、公家の冷泉為広、上原元秀(当家先祖一族)を伴い、宿泊している。私の祖祖父も、蓮沼で生まれた。

【興津】は、細川家の家臣、興津弥五右衛門(森鴎外の作品で有名)。【彦五郎】は、明智光秀の幼名。

       【洛中洛外図】


先の地図に戻るが、この付近は、富山県高岡市福岡町の【五位】と言う地区で、武家社会で、五位とは、朝廷に仕えた貴族層の位階(階層)の事を指した。もともと、この付近は、足利将軍家の菩提寺・相国寺に寄進された土地だそうです。


また、加賀国北守護の赤松家の正妻は、細川政元の姉であり、加賀国北守護の拠点となったのは、五位地区。また、南北朝時代、後醍醐天皇の親王が、五位地区に、拠点を置いた。


 私の高祖母が、石川県津幡町の実家が火災にあってから移動した場所が、こちら。近くに、前田秀継(加賀藩初代藩主・前田利家の弟)の菩提寺があり、明治時代まで管理、墓守をしていました。この付近は、当時、加賀前田家の所有地でした。


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