クロムウェルMk.3 観測戦車 “第151エアシャー義勇農騎兵(野戦砲兵)連隊”(151st (Ayrshire Yeomanry) Field Regiment, RA)(タミヤ、1/35、RC化改造)

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タミヤMMシリーズ1/35『クロムウェルMk.4 巡航戦車』のキットをベースに、観測戦車(OP)仕様に改造、さらにRCメカを組み込んでラジコン化改造しています。サスペンションも可動します。(※以上のRC化改造部分は知り合いのラジコン職人さんに製作して頂き、私は外装を仕上げました。)

キットはもともとMk.4ですが、この車両は『クロムウェルMk.3ベースの観測戦車』ふうに改造しています。
Mk.3の観測戦車っぽく改造するため、主砲はキット純正の75mm砲から6ポンドMk.V砲に換装、砲塔の左右に雑具箱を追加しました。

実車ですが、主機関にリバティー・エンジンを搭載し、主砲は6ポンドMk.3(Mk.III)またはMk.5(Mk.V)を装備したのが「セント―Mk.1」巡航戦車ですが、このセント―をベースに、エンジンを通常の量産クロムウェルと同じロールスロイス社のミーティアに換装したタイプがこの『クロムウェルMk.3』です。

この車両のマーキングは、雄牛のマークで有名な第11機甲師団の上位砲兵連隊(74番)、スコットランドのローランド地方を基盤に編成された「第151エアシャー義勇農騎兵(野戦砲兵)連隊」(151st (Ayrshire Yeomanry) Field Regiment、Royal Artillery (TA))で、同部隊の観測戦車の仕様で製作しました。

車両を製作後、乗員にも雄牛の袖章を付けて完成です。

【製作記およびマーキング考証等はこちら↓↓↓】
第1話 
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/82
第2話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/83
第3話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/85
第4話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/87
第5話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/88
第6話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/89
第7話
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/91
第8話 
 https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/92

フィギュア編(袖章を付けました)
https://muuseo.com/miniature-models-bottles/diaries/129

【部隊解説】
第151エアシャー義勇農騎兵(野戦砲兵)連隊」(151st (Ayrshire Yeomanry) Field Regiment、Royal Artillery (TA))は、第2次世界大戦では雄牛のマークで有名な第11機甲師団の上位砲兵連隊として欧州戦線に参戦、戦後は他部隊と統合され、現在では「スコティッシュ&北アイルランド義勇農騎兵連隊」(The Scottish and North Irish Yeomanry (SNIY))のA中隊として、装甲車等による偵察部隊(軽騎兵)として存続しています。

募兵地域は北アイルランドのほか、ラナークシャー、エアシャー、アンガス、ロージアンなどで、その多くがハイランド南部やローランド地方からの志願者で編成されている部隊なのです。

その起源は1794年と古く、ローランドの大貴族、アイルサ侯爵アーチボルド・ケネディ3世・カシリス伯爵により編成、1798年に英陸軍の正規部隊として正式に登録されました。

19世紀末のボーア戦争では、正規軍の苦戦を受けて本土警備部隊だった各ヨ―マンリー部隊からも南ア派遣が決定、帝国義勇農騎兵連隊(Imperial Yeomanry)が編成され、エアシャー・ヨ―マンリーからも百数十名の兵員が抽出、同じくローランドのヨ―マンリー部隊であるラナークシャー・ヨ―マンリーからの兵員とともに「インペリアル・ヨ―マンリー第6スコットランド大隊」に「第17エアシャー&ラナークシャー中隊」として参戦しました。

第1次世界大戦では第1から第3大隊までが編成され、当初は本国警備の任についていましたが、第1大隊はガリポリ上陸戦からエジプトに転戦、パレスチナ戦線に従軍します。第2大隊は自転車部隊に改編されますが、第3大隊と共に前線に派遣されることなく終戦を迎えています。

第2次世界大戦においては、連隊は第151および第152の2個連隊に編成し直され、さらに、従来の騎兵部隊から改編、不足する砲兵戦力を補うために「砲兵連隊」として再編されます。

第151エアシャー・ヨ―マンリー砲兵連隊は、当初第46歩兵師団に所属しチュニジア戦線に参戦しますが、後に第11機甲師団に移ります。1944年、D+7日目の6月13日に師団はノルマンディに上陸、エプソム作戦、グッドウッド作戦、そしてファレーズの戦いなどに参加しています。
その後はベルギー、オランダと転戦し、ドイツ降伏まで戦い続けました。(戦後は、シュレスヴィヒ・ホルスタイン地方の占領部隊として任に付きました。)
このクロムウェル観測戦車の模型は、この時代の車両として再現したものです。

1992年、ロージアン&ボーダーズ、ファイフ&フォーファー、ラナークシャー、スコティッシュ騎馬等のスコットランドの各ヨ―マンリー部隊が大統合し「スコティッシュ・ヨ―マンリー連隊」が編成され、エアシャーもそのA中隊として現在に至ります。

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