-
The Beatles:The Beatles Seventh Christmas Record LYN1970/1971 1969
1969年の7枚目のクリスマスレコード(ソノシート)。LYN1970(A面) LYN1971(B面) 発送用包装がまたいい味出してます。包装の中には厚紙も入っていますが残念ながらジャッケット(リンゴ、いいセンスしてますね?)の中の他の封入物は失われていました。 盤面、Bサイドは印刷ありません。 最後の写真は折角なので自分宛に送って来たかの如く海外からの季刊誌の宛名部分を切って載せてみました^^ 気分・気分です(笑)♪ #ビートルズ #Beatles #Christmas
ソノシート The Official Beatles Fan Club 1969年nine_o_nine
-
1957(昭和32)年 6月16日 宇都宮 栃木会館公演 プログラム
昭和32年、栃木県国際文化協会の主催によるリサイタルのプログラムです。 前々年に落成したばかりの宇都宮市の栃木会館にて… グリーク:ソナタ第三番 ハ単調 作品45 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61 スヴェンゼン:ロマンス クライスラー:美しきローズマリー チャイコフスキー:アンダンテカンタービレ ファリャ:スペイン舞曲 第一番 イ短調 パガニーニ:無伴奏カプリース 第24番 小品は懐かしいSP盤時代のレパートリーに加え、流麗な「美しきロスマリン」「ロマンス」と堪らないタイトルが並ぶ。きっと当日の観客は酔いしれたに違いない・・・実に羨ましき。 #諏訪根自子 #NejikoSuwa #栃木県国際文化協会 #栃木 #宇都宮
プログラム 栃木県国際文化協会 1957年nine_o_nine
-
June Christy:来日公演プログラム
1961年12月の来日公演プログラムです。 この"特別公演"は日劇にて3日間、全7公演が催されました。ステージは3部構成、18(実質17)曲がご披露された模様です。 当時の雑誌にレポートが幾つか掲載されております。大変興味深し・・・直に体験したかった。 プログラムも、後年そして現代のものと比較しても遜色ありません。 #JuneChristy #ジューンクリスティ #来日公演
プログラム 1961年nine_o_nine
-
Stan Kenton Band / June Christy:「The powerful Stan Kenton Band and The pretty June Christy voice with Stan Kenton」 '67
Pickwick/33 Records : SPC-3075 B面の『Duet』収録曲はSTEREO表記がありますので浮き足立ちました。 あわよくば…『Somtheing Cool』の様な知られざるステレオ再録?悪くてもカバーにある通りの擬似ステレオであれば嬉しいな?と期待してターンテーブルに載せましたがスピーカーではよく判りませんでしたのでヘッドフォンでも聴きました。しかし残念ながらモノの様でした。表記もあるのに中途半端で不思議(*因みにモノラル盤は PC-3075として別途ある様です。もしかしてミスプレス?とか?)? 反面、A面は素晴らしくキレのある有る演奏・音でたいへん楽しめました(擬似ステレオの鑑!)^^ ジャケットもEasy ListeningやMood系みたいで好き♪ #JuneChristy #StanKenton #ThePowerfulStanKentonBandAndThePrettyJuneChristyVoicewithStanKenton
アナログレコード Pickwick 1967年nine_o_nine
-
1950(昭和25)年 6月14日 京都 同志社大学 榮光館 リサイタル 同窓会告知ハガキ
同窓会『同志社倶樂部通信 五月號』葉書 次に展示の翌月6月14日 京都 同志社大学 榮光館でのリサイタルの告知が宛名面下部に刷られている。130円也、大変興味深いアイテムです。 https://muuseo.com/nine_o_nine/items/82?theme_id=39620 こんなハガキ。確かにありました。…全然関係ありません且つ私事ですが、この30ン年後、自分の学生時代にもOB会や新歓、納会(体育会の部でした)なんかの案内を、体育会本部の湿式印刷機(青い)で辛い練習のあと皆でひたすら刷って宛名書きした末端一回生の頃の記憶でした^^; しかしこの宛先ご住所のあたり、よきお料理屋さんも実に多く・・・ #諏訪根自子 #NejikoSuwa #同志社女子大学 #京都
告知ハガキ 1950年nine_o_nine
-
Stuart Sutcliffe:「My Time Is …」from POEMS,the poetry notebook used during his studies at Prescot, c.1955
スチュの学生時代の詩集 『POEMS』よりタイトル含め一部・・・否、情けなくも細部まで判読なかなか困難な鉛筆書き自筆の詩 「My Time Is …(?)」 です。どなた様かご堪能な方お見えでしたらお助け頂ければ嬉しいです<(_ _)> #StuartSutcliffe #Beatles #スチュアートサトクリフ #ビートルズ #詩
詩 1955年nine_o_nine
-
Paul McCartney:「McCaetney III」4 colors of CD & Dice sets
色(カラーレコード)の熱病に魘された怒涛かつ不毛の「III」リリース追従でした。 コチラはあの時期の物流の滞り反映しまして2ヶ月かけてようやく海外から届いた時にパッキン開封した侭の四段重ね。 賽子欲しさ…しかし箱は結局開けもせず・・・ 愚かにも未だに結局、何色のレコードを入手したのか把握出来てません。333は一瞬の躊躇で買えませんでした。 …救いは近年のアルバムで一番好きだった事、それに尽きます。 #PaulMcCartney #ポールマッカートニー
CD UNIVERSAL MUSIC Paul McCartney.comnine_o_nine
-
The Beatles:Ob-La-Di, Ob-La-Da / Julia 4347 1983
Capitol レインボーのリイシュー盤です。 46475 4347 F1 #2 MASTERD BY CAPITOL 0 46488 4347 F1 #2 MASTERD BY CAPITOL 0 1985年 米国購入(新品)。お値段はシングル盤はおしなべて全て$1か95セントかだったと思います。確か250円/$くらいの時代、それでもレコードは物凄くお安く感じて飲み食い除けば所持金はほぼ古着とレコードに消えてゆきました^^; ビートルズ関係では余り日本では見なかったポールのリイシューカップリング盤(Columbia/Hall Of Fame)やプロモ盤(当時の最新曲No More Lonely Nights, Say You're Wrongなど)なんかを、週一くらい通って貪る様にラックを手繰った懐かしい記憶がこのレコードにもあります♪ オブラディオブラダ(国内盤:結成15周年¥600)は初めて買ったビートルズのレコードでもありました。(みんなの歌でのフォーリーブスの日本語歌詞がハッピーで印象的で(有名なイエスタディと共に)唯一知ってたビートルズ曲でした故それにしました^^)でも針を落とせばなにか粗野でラフな感じで余り好きじゃなく、まだB面のホワイルマイギター…がましやな?と冒涜的に失礼なビートルズへの第一印象でありました(笑) #Beatles #ビートルズ #ObLaDiObLaDa #Julia #Capitol #vinyl
アナログレコード Capitol Records 1985年nine_o_nine
-
Stuart Sutcliffe:「The Traveler」from POEMS,the poetry notebook used during his studies at Prescot, c.1955
スチュの学生時代の詩集 『POEMS』よりティーンエイジャーらしい将来の夢を綴った詩「The Traveler」。自筆のページからは、まだジョンと出会う前…後のロッカー(BEATLES在籍)経験を経た不世出・早逝の藝術家の迸る様な表現を予感させる様なものは余り感じさせるとは・・・な印象。しかしこの萌芽前の息吹=漠然とした妄想の域を出るものではないが瑞々しく繊細な感性を持ち合わせた、田舎の少年の夢を感じる事が出来ます♪ 親友がリーダーを務める大好きなグループに一時所属した藝術家の若かりし頃の記憶・ダイレクトな存在の痕跡でもあり、愛でさせていただいております。 https://www.youtube.com/watch?v=g4n4-1X7xa8 私事(余談)ですが、オークションでこれら何編かの詩を入手しました頃、無謀にもこの「The Traveler」に曲を載せてみました。 敢えてそれ(ハンブルグの頃のビートルズ的)を匂わすムードは避けつつもロッカバラード系のmoodに仕上がり、曲も手前味噌ながらなかなか気に入りましたが、なにかこのオリジナルのスチュ詩とも…冒涜的かなぁ?な思いもあり結局、お若い作詞の方に新たにteen歌詞(日本語)を書いて貰いリズムやアレンジも変え完成させるに至りました^^; #Beatles #ビートルズ #StuartSutcliffe #スチュアートサトクリフ
詩 1955年nine_o_nine
-
音樂之友 1952(昭和27)年 7月号 第10巻第7号
音樂之友 1952(昭和27)年 7月号 「音楽家 百面鐿」というタイトルのなんと12ページに及ぶ大特集は、 ・諏訪根自子さんの生い立ち ・諏訪根自子さんはこんな方 ・かたい蕾の花 ・諏訪根自子を語る ・諏訪根自子論 から構成されています。 評論家の牛山充氏による生い立ちからのストーリー、マネージャー末正芳子さんによる最新アメリカ/ハワイ〜国内公演の内輪話(ここからの幾つかの逸話は萩谷さんの書に掲載されている)、遡った戦前在欧時のイタリアでの朧げな記憶=ソプラノの三上孝子さんの追想。母上のたきさんの「語る」は『音樂-THE MUSIC』誌'49年 5月号に掲載されていた「根自子を育て」と傾向が似ています(…使用されたお写真も一緒)インタビュー形式・・・ 大変充実した号となっております。 その他にも、先に掲載しました同年四月十五日の日比谷公會堂でのコンサート・インプレやラジオ放送の事などが掲載されている。 https://muuseo.com/nine_o_nine/items/28?theme_id=39620 #諏訪根自子 #NejikoSuwa #音楽之友
雑誌 音楽之友社 1952年nine_o_nine
-
音樂之友 1951(昭和26)年 3月号 第9巻第3号
根自子さんの渡米を報じる記事が1951(昭和26)年の『音楽之友』誌「樂界通信」の欄で簡単に紹介されています。 ・松尾興行の斡旋 ・ホノルル〜ニューヨーク〜ロサンゼルス〜サンフランシスコ ・今春2月から… とありますが、現時点知り得るのはサンフランシスコとホノルルの2箇所でのご演奏のみ。時期も9月後半から10月初旬にかけてとちょっと記載とは異なります。 松尾フレッド氏を介しレス・ブラウン氏(そして米国羅府(*ロサンゼルス)音樂家協会)よりオファーがあり、その招待状から進駐軍/日本政府各機関とも特例の早期旅券・査証発行が実現した米国でのご演奏の詳細はまた改めましてLabの方で取り纏めアップしたいと思います。此処にはその前置きと致しましてハワイでのホノルル交響楽団との演奏會告知記事が掲載されている新聞『Hawaii Times』紙を(3/4枚目写真)… #諏訪根自子 #NejikoSuwa #米国公演 #ハワイ公演
雑誌 音楽之友社 1951年nine_o_nine
-
音樂之友 1947(昭和22)年 1月號 1月1日 發行 㐧5巻㐧1號
昭和21年11月12日 -夜 この日は10月から継続中の東京・大阪での歸朝第一回公演後の地方公演中日、6日の名古屋公演と18日の埼玉公演間一旦の帰京中、ラジオ放送に臨まれたのでしょう。しかも"初"とありますので恐らくご自身、この時が帰国後/戦後初めてのラジオ出演だったと推測されます。 "初"。とは言え遡りますこと14年前、既に戦前よりNHK⬇︎をはじめ良質な音で音盤化(CD/LP)もされております在欧(ドイツ)時収録も含め幾多のご出演を経験されております。 https://muuseo.com/nine_o_nine/items/65?theme_id=39653 当『音楽之友』誌の巻頭1ページ目に「グラビアノ頁」としてそんなラジオ放送演奏の貴重なお写真が掲載されております。惜しむらくは戦後の紙統制で紙質が極端に悪いこと。それはこの頃の雑誌全てに言えることですが…。 NHK東京放送会館 3階 第一スタジオ(373㎡)は有観客対応の大規模スタジオ。この5年後、同スタジオよりラジオ生放送番組として紅白歌合戦がスタートする事になります(写真4枚目)。 3年後の昭和24年のNHKラジオ放送では保存用のアセテート盤が現存しており、なかなかに厳しいコンディションながら聴ける状態まで丁寧に修復された『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲』をCDで堪能する事が出来ます。この放送も、そして他にもきっとNHKのアーカイヴス中や何処かに埋もれているであろう音源もいつの日か耳に届くことを祈願しつつ・・・ #諏訪根自子 #NejikoSuwa #NHK
雑誌 日本音楽雑誌株式會社 1947年nine_o_nine
-
高校コース 1957(昭和32)年 12月 1日 12月号(第3巻 第9号)
学研『高校コース』わが修行の跡 -名人・達人の語る青春期- の特集中に、大相撲の栃錦関、将棋の升田幸三名人と共に「バイオリンひっさげ」のタイトルと共に掲載されております。 幼少よりのヴァイオリンを通しての歩み、師の教えと実践がこの命題に則って語られております。戦前、渡欧前日本でのアンナ/モギ両先生と異なり余りスポットの当たらない鈴木慎一氏指導下の内容が語られておりますのは、大変興味深いです。 …自らの雑誌の取材・寄稿(雑誌側の独断・取材掲載記事は除く)は多分に選考を吟味され、戦前より文芸・婦人・少女が主であり容姿やアイドル的側面を殊更強調されるであろう男性・少年誌等は忌避されていた様に見受けます。 (アイテム#171) #諏訪根自子 #NejikoSuwa #高校コース
雑誌 学習研究社 1957年nine_o_nine
-
1942(昭和17)年 12月14日 ドイツ傷病・賜暇歸休兵慰問演奏會 Berlin, führer durch die konzertsäle der reichshauptstadt
…此方も次のクナッパーツブッシュ指揮ベルリンフィルとのご共演プログラム同様にオリジナルではなくベルリンの友人より頂戴したファイル(貴重な原版scan)のPO版です。 (故に同じく★は無しで。もし原版なら間違いなく★5ですね^^) この演奏會を企画したのが日獨協會、そしてKraft durch Freude (KdF) = 歓喜力行団。当時の政権下で、戦意高揚を文化で下支えするDAF(ドイツ労働戦線)下の組織だったそうです。 当日の事は戦時下で消息も途絶えがちであった中、日本でも報道がありました。 Labダイアリーの方におおまかに判明している事項は書かせて頂きましたのでご参照頂ければ幸いです。 https://muuseo.com/nine_o_nine/diaries/9 <同日撮影の貴重な写真原板> https://muuseo.com/nine_o_nine/items/2?theme_id=39619 *第170番目のアイテム。 #nejikosuwa #諏訪根自子
フライヤー 1942年nine_o_nine
-
Gibson:J160E '92
J160E。…こと"John Lennon仕様"という観点に於ましては、この’92年製の一本は細部まったく異なるもので、また歴代のmodelにありましても異色と言えるディテイルが何故か変質者的に好きで、ライブでも重用長く愛用しました。 一般的なJ160E的に異なります点は・・・ *スモールヘッド *P100(ハム)搭載 *シングルロゼッタリング *固定式サドル *単板(=鳴り) *Xブレイシング(=鳴り) *エンドピン・ジャック …と、サウンド/シルエット的にはJ45に近い様な気がします。普通に良好な響きで鳴ります。エレキ弦を張っても、生でも電気を通してもあのジャリジャリ独特なざらついた響きは皆無で初期ビートルズ・サウンド再現には至りません。 Bオタはどうしても「John仕様こそ正義!」と、そう言う"Beatles Gear"観点から見ればリッケンバッカーのBシリーズ〜Vシリーズ同様「ちょっと違う・・・」とリイシューとしては煮え切らない拘りの希薄な物足りなさを感じさせてしまいます実に中途半端なmodelながら、楽器としましては立派な進化系・新境地として捉えられるかと思います。(*そう言う意味では長年の愛機'82年製 リッケンバッカー320もハイゲインPU搭載/グローバーペグ/ボディシェイプ・構造と傾向が同じと云えます。) …でもやはりJ160Eに求めるものは、よく言えばあの無骨さあの鳴らない鳴り(変な表現)であるのでしょう?このP100/J45的仕様は早々に以降オリジナルに準じた仕様に回帰することと相成ります。 *2(リハ中)/3(本番中)枚目の写真はBEATLESアコースティック・ライブをした時に別途サウンドホールにアコギ用PUを装着して、弦も普段のエレキ用からアコギ用へ換装(4枚目写真、ライブ事前に現地工房さんでリペア中)し臨みました。普段バンドセットではやらない『Julia』や『Across The Universe』『I Will』果ては『While My Guitar〜』デモver.とか実に気儘で楽しかったです^^ 個人的には初中期の2部cho.『I'll Follow The Sun』『If I Fell』や『We Can Work It Out』、3部の『Nowhere Man』『This Boy』ウ〜ア〜『Michelle』なんかのコーラス曲がやっててとても気持ちよかった思い出♪ #gibson #J160E
ギター gibsonnine_o_nine