作りはぞんざいじゃない! 「存清(ぞんせい)」です。

初版 2022/07/11 14:20

改訂 2022/07/12 22:08




みなさんは「存清(ぞんせい)」というものをご存知でしょうか。あまりお聞きになったことがないと思います。


存清とは香川県漆芸研究所のHPでの説明では以下のようなものになります。

『存清は、室町時代に日本に伝わり「存星」とも書きますが、香川県では玉楮象谷が用いた「存清」の文字を用いています。漆を塗り重ねた器物に色漆で文様を描きます。そして、剣で輪郭や細部に線彫りを施し、彫り口の凹部に金粉や金箔を埋めて文様を引き立てる技法を鎗金細鉤描漆法といいます。玉楮象谷はこの技法で存清の作品を制作しています。

存清には、もう一つの技法があります。漆を塗り重ねた器物に彫刻刀で文様を彫り、彫り口に色漆を埋め炭で研いで平らにします。そして、剣で輪郭や細部に線彫りを施し、彫り口の凹部に金粉や金箔を埋めて文様を引き立てる技法を鎗金細鉤填漆法といいます。』


製作工程は下記のHPに詳しく書かれています。


存清制作工程1|香川県 (kagawa.lg.jp)


(以下香川県HPの受け売りです)

中国の元から明時代にかけて活躍した彭君王、存清の姓名を技術の名称にしたと伝えられています。当時の豪族達は競って室内を華麗に装飾し、室内の調度品の多くに存清塗が施されていたようです。我国に渡来したのは室町時代中期。当時流行した茶会と結びつき、茶人や遊芸人の間で珍重愛玩されていましたが、それはあくまでも舶来の珍品としてであり、日本でその制作を志すものはいなかったようです。しかし、江戸時代後期、中国伝来の存清漆器の魅力に触れた玉楮象谷が中国の彭君王、存清の技法を究明。日本古来の髹漆法を加味して日本的な存清塗をつくり上げます。明治に入ると、存清を始め、南方渡来の蒟醤、彫漆など数々の名品を残した象谷のあとを受け継いだ実弟、藤川黒斎が漆芸を産業化。明治25年頃~40年頃にはアメリカやイギリスへも輸出され、香川の存清漆器の名が世に広まったのです。昭和27年には文化財保護委員会より、故磯井如真に蒟醤、故香川宗石に存清の技術工程記録を制作する委嘱があり、完納までに2年近くの歳月がかけられました。その功績が認められ、故香川宗石は昭和37年、香川県重要無形文化財、存清の技術保持者に認定されました。


存清の製作方法の図解です。素地が竹であることが多いようです。


私は蒟醤(キンマ)のことは多少は知っていたのですが、存清は全く聞いたことがありませんでした。そんな中、一つの存清作品に出合いました。下記の四段重です。7年程前に入手しました。


四段重で蓋二枚の作品です。重箱は七寸ほどの大きさです。


蓋二枚、お重各四面、すべて違った絵柄が描かれています。花、野菜や木の実です。花鳥画は蓋一枚だけです。


一見して絵がとても上手い作家です。存清の中には稚拙な絵のものもあるのですが、画家として技術の高い作者の作品だと思われます。


彫がシャープで葉の一枚一枚が明確に描かれています。


どの段の絵もとても細密に描かれており、かなりの手間が掛かっています。


桃や蕪、ニンジンなども描かれます。


花の描き方も風流で日本画の素養が十分ある作者と思われます。


菊、百合、牡丹など様々な花が側面を飾っています。


重箱内は黒塗りです。最下段だけが他と比べ多少高さがあります。


裏は讃岐独特の作りです。二方桟ではなく、四角く囲った桟ですね。


表皮を取り除いた無節部分の竹ひごを網代に編み上げて底を作っています。ヒノキの柾目を使った指物の四隅に丸みをつけて木枠とし、3本の桟を渡して網代を受けます。このため底に赤く網代の編み上げが透けて見えます。


共箱には二段ずつお重が入るようになっています。


共箱そのものはとても粗末なものです。


作者は藤川(文綺堂)黒斎で、文化5年(1808)年生まれ、明治18年(1885)に亡くなっています。玉楮象谷の弟で、こちらも名人と謳われた方です。箱書に「六十八翁」と書かれているので、恐らく明治9-10年頃の作品だと思われます。六十代後半でこの技術を維持しているのは毎日の鍛錬の賜物だと思います。


香川県漆芸研究所所蔵の藤川黒斎作の「存清花鳥丸盆」です。やはり黒斎は風流な花鳥画を得意としていたようです。


上は明治初期の輪島塗、輪島漆芸美術館所蔵の「象嵌草花之図小懐石膳」です。讃岐と輪島、全く異なる産地ですが、出来上がったものは工法を含め存清とほぼ同じです。それそれで独自の進化を遂げたということでしょうか。


ちなみに香川県では「存太」という存清のイメージキャラクターが居るそうです。とぼけた感じでなかなかかわいいですね。


香川県は未踏の地ですが、いつか訪れて名人たちの作品を見て来たいと思っています。


#コレクションログ

#参考

#キンマ


1990年3月に行ったロンドンで、初めてエドワードグリーンのドーバーを購入しました。以来、ここの靴の虜になりました。質の良いしっとりとしたカーフ、美しい木型、無い物ねだりと分かりながら、この時代のエドワードグリーンの靴を今も追い求めてしまいます。
他に古い靴も修理して履いています。特に戦前の英国靴は素晴らしいと実感しています。

Default