夢の跡 ホテルリッツ マドリッド

初版 2022/07/28 00:42

改訂 2022/11/23 19:05

2000年に札幌に戻ってきた際、隣に住んでいた日系三世のアルゼンチンの女性と家内が友達になりました。家内はもっと彼女と仲良くなるためにスペイン語を学び始めました。テレビ、ラジオのスペイン語講座を一人で続けたのです。

初めの頃、スペイン語を話す相手も少なく、京都に旅行に行った際、市内のバスの中でスペインの女性たちにたどたどしいスペイン語で話し掛けたりしていました。知り合って4年程でアルゼンチンの女性も関東に転居されてしまいます。家内がスペイン語を始めて十数年が経過しました。

私は『殺しの序曲』の中でコロンボが天才的IQの犯人に言った言葉を思い出します。

「世の中ってのは不思議ですねえ。あたしはどこへ行っても秀才にばかり出会ってね。学校にも頭のいい子は大勢いたし、軍隊に初めて入った時にも、おっそろしく頭のいいのがいましたよ。ああいうのが大勢いちゃ、刑事になるのも容易じゃない、と思ったもんです。あたし考えました。連中よりせっせと働いて、もっと時間をかけて、本を読んで、注意深くやりゃものになるんじゃないかってね……。なりましたよ。あたしゃこの仕事が心底好きなんです。」

まさに彼女は時間を掛けてスペイン語をものにしました。スペイン人相手に冗談を言って笑わせているのを見て「本当にものにしたんだな」と感心しました。

封印していた海外旅行に十数年ぶりに行くことにした際、真っ先にスペインを選びました。思う存分スペイン語を家内に話してもらいたかったからです。そして最初のスペイン旅行に最もふさわしいと思われるマドリッドの宿を選びました。

ホテル・リッツです。

ホテルは建物だけが大事な訳ではなく、宿泊した者にはスタッフを含めたソフトがとても重要な要素になります。その点、リッツは文句のつけようがありませんでした。確かに建物は古くくたびれたところはありますが、どの空間も居心地がよく、スタッフは笑顔をたたえながら絶えず客が快適に過ごせるよう細心の注意を払っていました。

しかし、そのリッツは2018年に改修工事がなされ、「マンダリン・オリエンタル・ホテル」になりました。たしかにマンダリンは美しいホテルではありますが、もうあのリッツの、豪華さと温かい親密さが一体となった宿はどこにもありません。フランク・ロイド・ライトの旧帝国ホテルが無くなったときも、こんな感じだったのではないでしょうか。

これからお見せする写真は私の撮影ではありません。ただ、もうどこにも存在しないホテルの記憶として、プロの撮影した画像を載せても文句は言われないかと思います。その点ご容赦下さい。

リッツは1910年に国王の肝煎りで造られたホテルです。プラド美術館の隣の素晴らしいロケーションにあります。このゴヤの像はもうプラドの敷地です。徒歩1分で美術館です。

リッツにはいつもスペイン国旗が掲げられています。

左の入り口から入ったホールです。いつも美しい花がシャンデリアの下に飾られています。広くはありませんが、とても美しい空間です。右奥に小さなエレベーターがあります(三人乗れば一杯のとても古くて小さなエレベーターです)。

ホテルフロントです。小さくても機能的です。

フロント奥にあるラウンジ。朝には朝食会場になります。この右奥にバーがあります。朝のチュロスは絶品でした。

これがそのバーです。女性のバーテンダーさんもいました。

ラウンジ側からバーを見るとこんな感じです。

ちなみにスタッフには以前、NHK のスペイン語講座の講師をしていた方もおりました。

美味しいことで有名な一階のレストランGOYA。ここが朝食会場になることもありました。残念ながら私たちはこのお店でディナーをとりませんでした。(プラド美術館に連日行っていて、ホテルへの帰りがいつも遅かったからです。)

窓から見えるホテルの庭もとてもきれいです。

庭の中には彫像もあり、芝や草木もとても手入れの行き届いた状態です。

リッツは百数十室の大きくはないホテルですが、内装はすべての部屋で異なります。

再びここを訪れて泊まってみたいお部屋がいくつもありました。

夜ともなればホテルの外でこのように食事をとることもできました。

ここからは私の写真ですが、とても写りが悪いです。

宿泊した私達の部屋。夜間に到着後、疲れてベッドに横になったためシーツがシワシワになっています(T_T)。「あ、写真!」と思ってから撮ったのでこんなことに。

私達の宿泊した部屋は特別広くはありませんでしたが、内装はとても上品でした。お掃除は完璧です。

プラド前の広場です。若者が沢山いました。

ゴヤの像も真っ暗でよく見えません。

帰宅後、日中にホテルの写真を撮っていないことに気付きました(笑)。

古いホテルを改修しなければならないのは私も理解できます。ただ、もうあの素晴らしい空間を味わうことが出来ないのは、何とも切ない気持ちがします。

1990年3月に行ったロンドンで、初めてエドワードグリーンのドーバーを購入しました。以来、ここの靴の虜になりました。質の良いしっとりとしたカーフ、美しい木型、無い物ねだりと分かりながら、この時代のエドワードグリーンの靴を今も追い求めてしまいます。
他に古い靴も修理して履いています。特に戦前の英国靴は素晴らしいと実感しています。

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