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幻の革 ロシアンカーフ

公開日:2022/6/15

皆さんは帝政ロシア時代に作られ、ロシア革命前後にその製法が失伝し、現在は手に入れることが出来なくなった幻の革をご存知でしょうか。

トナカイ(レインディア)の革を鞣した「ロシアンカーフ」と言われるものです。


 上はNEW&LINGWOODの解説文です。


ロシアンカーフが「世界で最も素晴らしい革」かどうかは分かりませんが、「世界で最も数奇な運命を辿った革」であることは間違いありません。



1786年10月

ロシアンカーフと麻を積載したデンマーク船籍(正確にはフレンズブルグ国籍)「カテリーナ・ボン・フレンズバーグ (Catherina von Flensburg) 号」が、帝政ロシアのサンクト・ペテルブルクからイタリアのジェノバに向けて出航しました。


1786年(天明6年) 田沼意次が失脚し、最上徳内が千島列島の探索を始めた頃です。


上はカテリーナ号の模型です。カテリーナ号は1782年にフレンスブルク・フィヨルドの北岸、現在のデンマーク、ロンショヴェドで建造されました。総トン数106トンで6人の乗組員がいました。


1786年12月10日

カテリーナ号は英国南西部の近海で激しい荒天に見舞われ、同日夜10時頃、英国プリマス湾沖で沈没します。奇跡的なことに、カテリーナ号が深さ30mの海底に沈む前に乗組員全員が脱出に成功しました。


上の赤い部分がプリマスの港です。17世紀に有名なメイフラワー号が新大陸に向かったのもこの港からです。



その後、海底に沈んだ積荷は忘れ去れ200年近い歳月が流れます。


1973年10月から、BSAC “the British Sub-Aqua Club”のメンバーが中心となり、プリマス沖に難破したカテリーナ号の積み荷の調査を行います。BSACは1953年にイギリス・ロンドンで設立されたダイビング指導団体で、ダイバー教育機関としては世界最古と言われています。BSACの総裁は英国王室からも輩出され、英国王室と縁の深いダイビング指導団体です


これまでの歴代英国王室の総裁は以下の通りです。

1960年-1963年 初代BSAC総裁 故フィリップ殿下(エジンバラ公)

1974年-2014年 前BSAC総裁 チャールズ皇太子(ウェールズ公)

2014年‐ 現BSAC総裁 ウィリアム王子(ケンブリッジ公)




BSACの航海考古学チームは、1973年10月からの調査で泥だらけの海底に保存されている船の4分の3を発見し、船倉には何百ものトナカイの皮がありました。

上はその海底のロシアンカーフを引き上げている様子です。


海から陸に上げられたロシアンカーフの数々です。引き揚げたままの皮はそのままでは使い物にならず、ここからは「皮を革にする」作業が必要です。200年近く海底にあったわけですから、傷んで使い物にならない皮もありましたが、もともと水に強い加工がされていたためか、状態が良い大きな皮がいくつもありました。


カテリーナ号の説明文の中でで以下のような文がありました。

These hides are so well preserved in fact that shoes, cases, bags and belts have all been made from recovered leather, many by Robin Snelson, a leather craftsman of Penryn.  


ペンリンのロビン・スネルソンという革職人がこの皮を復活させたという記載です。



ペンリンはプリマス港のすぐ近くの町です。


ロシアンカーフの正確な製造法は誰も知りません。ただ、伝聞ではロシアンカーフは「酵母とオーツ麦、さらにバーチオイル(白樺油)を使って製作されたベジタブルタンニン鞣しの革」らしいということです。ですからそうした方法を試してレストアを行ったものと思われます。


濡れて皺になった革を洗浄して干して平らに整えます。


一頭のトナカイから取れる皮はこのようなものになります。乾いた後はかなり粗い皺の多い状態に見えます。


これはまだバーチオイルに漬ける前の状態だと思われます。


ロシアンカーフの裏の状態です。


鞣したあとはこんな雰囲気の革になります。色むらがあります。一見して特徴的なのは菱形の模様です。微妙に角度も変わっているので、天然の皺でないことが分かります。これは「ダイヤモンドグレイン」と言われ、当時の職人さんが鞣しが終わった革に型押しをしたものです。今から240年程前の職人さんの手作業ということになります。


この革は独特の匂いがします。麝香と鉄さびが混ざったような、鼻を衝く甘い香りです。出来立ての靴を手にしたときはかなり強烈な香りでした。



この革を様々なビスポークシューメーカーが求めました。

一番有名なのはNEW&LINGWOOD(ポールセンスコーンのことです)で、ここでチャールズ皇太子が素晴らしいパンチドキャップトゥを作っています。彼が当時BSACの総裁をしていたことと、この革で靴を作ったことは無関係ではないと思います。

(★1989年のブルータスにその靴の画像がありますが、手元に雑誌がないため後日アップします。)


他にはベンジャミン・クレマン、ジョンロブ、ジェイソン・エムズベリーなどです。

2000年代前半にリーガルジャパンがこの革で数足靴を作る告知をしていました。




靴の状態になったロシアンカーフの拡大画像を載せます。

ハーフブローグの拡大画像です。色がやや赤茶の濃いめでした。菱形の型押しが確認できます。


フルブローグの拡大画像です。こちらはハーフブローグより薄めの色です。


こちらの革は色がかなり濃いものになります。製作されてから50年近く経っていますが、未だにこの革独特の匂いがします。




一口に「ロシアンカーフ」と言っても、個体によって色もダイヤモンドグレインの深さも違うので、上の写真のように同じブランドが製作した靴でも受ける印象の差が大きいですね。



#比較 #参考 #コレクションログ #入手 #お手入れ

#コレクションログ

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    mjmat

    2022/6/15 - 編集済み

    水没した革のレストア話,とても興味深く思いました。古い革の再生は,靴の世界ではよくあることなのでしょうか?

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      グリーン参る

      2022/6/15 - 編集済み

      mjmatさん、

      こんな海の底に沈んでいた皮を再生したエピソードは私は他では聞いたことがありません。実際、レストアする価値のある皮がどれほどあるのかということです。海水内の菌に200年間分解されなかったということがまず驚きですよね。皮はタンパク質であって、古代文明の石の遺跡ではないわけですから。ただ、靴に使われる革は吊り込み時にかなりのテンションで引っ張られます。

      このロシアンカーフもさすがにそれほど強靭ではなく、製作後に亀裂や割れが発生したという話を聞きます。実際、私の二足目も完成品が届いてみるとフルブローグの羽根の部分が裂けており、再製作になったという経緯があります。

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      mjmat

      2022/6/15

      有機物である革の意外な強靭性とその限界について,一つ賢くなりました。ありがとうございました。

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グリーン参る

1990年3月に行ったロンドンで、初めてエドワードグリーンのドーバーを購入しました。以来、ここの靴の虜になりました。質の良いしっとりとしたカーフ、美しい木型、無い物ねだりと分かりながら、この時代のエドワードグリーンの靴を今も追い求めてしまいます。 他に古い靴も修理して履いています。特に戦前の英国靴は素晴らしいと実感しています。

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