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1990&1991-HOME
1990年-1991年の日産自動車サッカー部(日産FC)のホームユニフォーム.マリノス誕生直前. サプライヤーはadidasからライセンスを受けていたデサント(この契約は1998年に解消される). 後年,2012年の20周年記念ユニフォームでは,全盛期時代の象徴的ユニフォームとしてモチーフの一つにされた. 全体に2種類の青を使い薄くストライプに織られた生地で,adidasのロゴも織り込まれている. 肩に,ワッペンを際立たせるための白地バンド部分あり. 左肩白バンドの上に,日産FCの控えめなエンブレムワッペン,右肩白バンド上は,adidasの黒いプリント. 胸の白いadidasロゴ,肩の黒いadidasロゴ,首タグの青いadidasロゴ,生地の無数のadidasロゴ,adidasロゴだらけのユニフォーム. なおこの期間のユニフォームとして,同デザインながら生地がストライプでなく,adidasマークもない無地のものも存在する.公式や報道写真などで,どちらも本物であることは確認できているが,使い分けや経緯は定かでない.
新横浜
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1990&1991-HOME(2)
1990&1991-HOME(2) 1990年-1991年の日産自動車サッカー部(日産FC)のホームユニフォーム.マリノス誕生直前. サプライヤーはadidasからライセンスを受けていたデサント(この契約は1998年に解消される). 後年,2012年の20周年記念ユニフォームでは,全盛期時代の象徴的ユニフォームとしてモチーフの一つにされた. 全体にロイヤルブルーの無地.首と袖はトロコロールライン.肩には象徴的なトリコロール3本線. 肩先に,ワッペンを際立たせるための白地バンド部分がある. 左肩白バンドの上に,日産FCのエンブレムワッペン,右肩白バンド上は,adidasの紺色のプリント. (2)としたのは,この期間のユニフォームとして,同デザインながら全体に2種類の青を使い薄くストライプに織られた生地で,adidasのロゴも織り込まれているものが存在するため.公式や報道写真などで,どちらも本物であることは確認できているが,使い分けや経緯は定かでない.
マリノス新横浜
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1992-1st
1992年Jリーグ開幕1年前の”日産FC横浜マリノス”のホームユニフォーム. 白襟つき.袖下に鳥の翼イメージの菱形柄. 生地は厚手の青無地だがやや光沢あり. 旧ロゴAdidas. サプライヤーはadidasのライセンス生産をしていたデサント. 背中にはスポンサー無し. 選手が着用したものは右肩がJリーグワッペンとYokohamaステッカーで,左肩スポンサーはBP.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1992-2nd
1992年Jリーグ開幕1年前の”日産FC横浜マリノス”のアウェイユニフォーム. ホームの色違い. 白襟つき.袖下に鳥の翼イメージの菱形柄. 生地は白無地. 旧ロゴadidas. サプライヤーはadidasのライセンス生産をしていたデサント. 背中にはスポンサー無し. 右肩がJリーグワッペンで,左肩スポンサーはBP.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1993&94-1st
1993年Jリーグ開幕1年目のホームユニフォーム.2年間使用された. 派手なスノボウェアのようなアシンメトリックのデザイン. 生地は光沢あり. サプライヤーはJリーグ一括のミズノ.エンブレムはチーム名無しの刺繍ワッペン. 背中スポンサーはKodak. 右肩がJリーグワッペンで,左肩スポンサーはBP. 当時は背番号固定ではなかった.(固定は1997年から) 同じデザインの色違いで,旧2ndと新2ndがある.
マリノス mizuno新横浜
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1993-2nd(old)
1993年Jリーグ開幕1年目の旧2ndユニフォーム. 1stの色違いだが,左右脇の下が赤と青で,襟も青グラデーションと,独自デザイン部分もある. 試合では左右体の向きによって色が違い,赤や青基調の対戦相手と見分け辛いという理由で, わずか1試合(2試合説あり)しか使用されずに白地の新2ndユニが登場した. サプライヤーはJリーグ一括のミズノ. エンブレムはチーム名無しの刺繍ワッペン. 背中スポンサーはKodak. 右肩がJリーグワッペンで,左肩スポンサーはBP.
マリノス mizuno新横浜
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1993~96-2nd(new)
1993年Jリーグ開幕1年目~1996年の4年間使われた新2ndユニフォーム. 旧2ndユニフォームが視認性の悪さで使用しないこととなり,初年度中に登場. 1st(および旧2nd)の色違い. 同デザインの1stは2年間使用であったが,この2ndは4年間使用で過去最長. エンブレムはチーム名無しの刺繍ワッペン. サプライヤーはJリーグ一括のミズノ. 背中スポンサーはKodak. 右肩がJリーグワッペンで,左肩スポンサーはBP. 1995年に優勝したが,翌1996年に”星・J覇者エンブレム付き”のものが市販されたかどうかは不明.
マリノス mizuno新横浜
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1995&96-1st
1995年~1996年Jリーグ開幕3年目と4年目の2年間使われたホームユニフォーム. サプライヤーはJリーグ一括のミズノ. 左右非対称な縦縞柄.胸前ボタンあり.同デザインの2ndユニフォームは無い. 生地に薄く巨大エンブレムが描かれている.前番号がNISSAN下中央に移動した. エンブレムは引き続きチーム名無しの刺繍ワッペン. 背中スポンサーはKodak. 右肩は'95年はJリーグワッペンだが,'96年は前年チャンピオンを示すヤタガラスマークに なって,上に2002W杯招致マークも付いた. エンブレム上にも星. 左肩スポンサーは1995年がBPで,1996年がxanavi.
マリノス mizuno新横浜
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1995&96-cup1st
1995年~1996年カップ戦用に2年間使われたホームユニフォーム. 左右非対称で左側だけに不規則な格子.同デザインの2ndユニフォームもある. リーグ戦用はサプライヤーがミズノに統一されていたが,このカップ戦用はadidas(デサント). なお1995年版と1996年版では,細部にいくつかの違いがある. 95年エンブレムはプリント圧着タイプ. 96年はワッペンタイプで前年リーグ制覇の星1つ. Jリーグエンブレムも前年リーグ覇者用の特別なもの(ヤタガラスマーク)で, さらに2002W杯招致ワッペンも付いている.左肩スポンサーもxanaviに. これらの2タイプとは別に,右肩Yokohamaの文字が金色になっている等の優勝記念モデルもある.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1995&96-cup2nd
1995年~1996年カップ戦用に2年間使われたユニフォームのアウェイ版.adidas(デサント). 写真は1996年版であり,1995年版と比べると細部にいくつかの違いがある. エンブレムがプリントでなくワッペンタイプ 前年リーグ制覇の星1つが付いている. 前年リーグ覇者用の特別なJリーグエンブレム(ヤタガラスマーク)が付いている. タイミング的に2002W杯招致ワッペンが付いている. 左肩スポンサーとしてxanavi.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1996-acc1st
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1996-acc2nd
1996年アジアクラブ選手権用のユニフォームの2nd版. サプライヤーはadidas(デサントライセンス). 同年のフランス代表チームの2ndとベースが同じである. ただしフランス代表は,この青版を1stとして使用していない.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1997&98-1st
1997年~1998年の2年間使われたホームユニフォーム. Jリーグ初期のmizuno一括ではなくなり,リーグ戦もadidas(デサントがライセンス生産)に戻った. サスペンダーストライプ.ロゴ無しエンブレムワッペンはこのモデルが最終. 同デザインの白系2ndユニフォームも揃って2年使われた. 背中スポンサーはKodak(最終年)で,左肩スポンサーはxanavi. 右肩はJリーグワッペンのほか,1997年版のみ2002W杯招致マークも付いている. なおこの時代はフルスポンサー版と一部スポンサー版が市販されていた.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1997&98-2nd
1997年~1998年の2年間使われた,サスペンダーストライプユニの2nd版. サプライヤーはadidas(デサントのライセンス生産). なお写真のものは,育成世代用.
マリノス adidas(DESCENTE)新横浜
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1999&2000-1st
1999年と2000年の2年間使用された1stユニフォーム. adidasからデサントへのライセンスが打ち切られ,adidasが直接サプライヤーとなった. フリューゲルスとの合併で初めて背中スポンサーがANAに. 初のクラブ名入りエンブレムワッペンとなっているが,「F」が間に合っていない. タイトル数を表す星の刺繍は1つ. 2000年版のみ,エンブレム上の星の横に「2000」のマーキングを追加.ただしエンブレム下部のクラブ名は引き続き「F」無し. 左肩スポンサーはxanavi.
マリノス adidas新横浜