ミタスニーカーズとは?

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スニーカー好きには、”上野アメ横”に行く理由がある。
それは、「ミタスニーカーズ」を訪れること。1990年代、日本中で旋風を起こしたAIR MAXブーム以前から、上野アメ横にてスニーカーの素晴らしさ、格好良さを発信し続けてきた。現在の東京の街で、スニーカー文化が幅広い年代で定着してきた背景には、ミタスニーカーズの存在は大きいと思う。

ミタスニーカーズがスニーカー好きの心を掴んでいるのは、珍しい限定モデル、別注モデルを販売していることもあるが、「Made in Ueno」の存在が大きいと思う。ミタスニーカーズでは、NIKEなどのメーカーとコレボレーションして、”上野”をモデルとしたスニーカーを数多く販売してきた。そこには、見た目のデザインの格好良さに加えて、上野という土地のアイデンティティを感じるのである。
「現在のように、インターネットで情報が溢れている時代では、好きなものが家からでも買えます。だけど、できればお店に足を運んで欲しい。実際にスニーカーを手に取って欲しいです。その為にも、上野という土地に根付いた、独自の目線でスニーカーを展開していきたい。日本中、世界中の人が、『東京へ遊びに行くなら、上野のミタスニーカーズは絶対に行きたい』と思えるようなお店にしたいですね。」
そう語るのは、ショップ店員の浪花(なにわ)さん。少年時代からスニーカーが大好きということもあり、店内に陳列されているスニーカーのラインナップには、スニーカー好きが楽しめるポイントが散りばめらている。

2020年、世界中から数多くの観光客が東京を訪れるだろう。
そして、彼らには”上野アメ横”を訪れる理由があるのだ。

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Nike Air Maxが愛された30年の軌跡と、その未来

1987年3月26日。
その日はNikeが生み出した名品「Air Max」が誕生した日である。
世界中で愛され続け、現在でも毎年新しいモデルが出ているAir Max。初期のモデルが復刻版として生まれ変わったり、NIKEiDで自分好みにカスタマイズされた1足が作れたりと、今も進化を続けている。
なぜAir Maxがこれほど世界中の人に愛されているのか?
その理由が知りたくて、Air Maxの魅力を紐解いてみた。

Nike、Adidas、Puma。300足以上のスニーカーを集めた柿内さんが考える、「集める時代」から「使う時代」へのシフトチェンジで得られたメリット。_image

Nike、Adidas、Puma。300足以上のスニーカーを集めた柿内さんが考える、「集める時代」から「使う時代」へのシフトチェンジで得られたメリット。

20世紀の終わり、世の中がスニーカーブームだった。あれから15年が経ち、街中ではあの頃のスニーカーをよく目にするようになった。Nike、Adidas、Reebokなどが復刻版を出したのがきっかけで、ファッション雑誌などでは、”スニーカーブームの再来” などと紹介している。

今回はニューヨークで靴のバイヤーとしての仕事をしていた経験もあり、各社の限定モデルなどを数多く所有している柿内さんにスニーカーを集める楽しさを聞いてみた。

<後編>これからの未来のエアマックスに期待すること。_image

<後編>これからの未来のエアマックスに期待すること。

雑誌「Boon」ライターの岸さん、スニーカーを400足以上も集めている柿内さんと一緒にNike Air Maxに関する話題で盛り上がる対談も、いよいよ後半へ。後半では、持参してもらった「お気に入りの3足」を紹介。表には出てこなかったオールホワイトのAir Max 95も登場。最後には、これから未来に向かって、Air Maxに期待することを語ってもらった。

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【図鑑】Nike Air Max の歴代モデル

1987年に誕生した Nike Air Max。
以降、毎年のようにコンセプト、デザインを変えてリリースされ、世界中のスニーカー好きに愛されている。
歴代のNike Air Maxのモデルを並べて、デザインの変化、テクノロジーの進歩を体感することができます。

*Air Max シリーズの靴は、バッシュ、スパイクなどを含めると50種類以上になります。この図鑑では、ストリートで人気のあるモデルを中心に紹介