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Suzuki Cervo CXG
大学4年次に相模原へ引越して、初めて買った車です。 550ccの2サイクルエンジンは28馬力しかないものの、思いの他粘りのあるエンジンで、121センチの全高とタコメーターを備えたインパネは70年代の古き良きスポーツカーの雰囲気が感じられました。特に日光イロハ坂でのドリフト走行は非常に楽しさを感じました。 ホンダ系部品会社への就職により当時ではホンダ車通勤MUSTということで泣く泣く売りましたが、出来ればもっと長く持っていたかった名車です。
久本 拓司
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VW Golf7
2014年8月から2022年現在に至るまでの家族用貸与車または所有車です。 これ1台あれば、何も要らない世界のベンチマークです。 駐在時代は1600のDieselターボエンジン、現在では1400のガソリンダウンサイズターボエンジン、何れも低速域から高速域まで質感と剛性感の高さと低燃費を実現させています。自動運転感覚のオートクルーズ機構は高速道路での長距離ドライブでは重宝します。 8が発売されましたが、高品質な内装と物理スイッチでの扱い易さには初期型7の方に優位性が感じられます。
久本 拓司
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飛行機
かつての駐在先で頻繁に利用していたエアラインの飛行機です。 TWA トランスワールド航空のロッキードコンステレーション、マクドネルダグラスMD83、ボーイング747-100(最古のジャンボ機)。 エアベルリンのエアバスA320。 ブリティッシュエアウェイズのボーイング747-400。 TWAはセントルイス-成田間の就航認可を得た1年後の2001年にAAに買収、エアベルリンは9年遅れで2021年に開港出来たベルリンブランデンブルク空港開港を待たずに2017年に倒産しその機材はEasy Jet等に引き継がれました。
久本 拓司
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1990年代の愛車
1987-1989 1988M Honda Civic Si 従業員販売で買った初めての新車。事故って廃車でしたが、ZCエンジンはトルクもあって7000回転まで一気に回る、クルマの「速さ」を始めて自身で感じたクルマでした。 1990-1994 1985M Honda Quint Integra RSi 廃車したシビックの後釜は同じZCエンジン搭載のクイントインテグラの中古車を60万円で購入。パワステ無しですが、スーパーカーブーム時に憧れたトラクタブルライトとスタイリッシュなデザインが気に入ってました。 1994-1995 1992M Honda Prelude Si-Vtec アメリカ駐在で短期間しか乗れなかったのが非常に残念でした。スタイリッシュで爽快かつ低速トルクもあって想像以上に低燃費な未だにこれが生涯でベストと言える車です。
久本 拓司
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Honda Accord系の愛車または貸与車
1995-2000 94M Honda Accord このモデルでアメリカ本土全州制覇しました。 2000-2003 98M Honda Accord Euro-R 実際持っていたのは姉妹車のTorneo SiR-T 。VTECエンジンは爽快でした。 2004-2007 03M Honda Inspire 海外市場ではこちらが03 Accord 余裕のV 6 3lで非常に楽ちんでした。 2007-2012 03M Accord こちらは日本と欧州市場でのAccord及び米国Acura TSX。英国からユーロトンネルのカートレインでドーバー海峡を何度か抜けて欧州大陸を訪問しました。
久本 拓司
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Honda Sports Cars
06M Honda Civic Type-R Euro 2012-2014 短い期間でしたが駐在先で生産された3510台限定販売のうちの1台を入手出来たときは非常に嬉しかったですね。 98M Honda S2000 買えない訳ではなかったけど、2シーターの幌車には食指は伸びませんでした。 92M Honda Civic Si 発売20周年記念車 B 16A VTECは爽快ですが、トルクフルなZCも名機と言えます。 上級モデルのSiRとVTIは柔らか目の一体発泡シートでしたが、普及版のMXと特装S iには硬めの被せタイプのシートが適用されておりました。 何がメリットなのかが全く判らなかった片持ち完全固定式ヘッドレストは、予想した通り次期モデルでは廃止されました。 85M Honda Prelude 2.0 Si パンチパーマで何故か一人だけ白ズボンを穿かないことが許可されていたヤクザの様な最初の上司が乗っていました。目に余るパワハラ言動により、全社的な体制変化時に閑職へ左遷され程なく退社。存命ならば74歳、どこで何をしているのやら。 88M Honda Prelude 2.0 Si 会社に入った直後の工場実習は疲れました。輸出が多かったこともありましたが当時ではレジェンドが月産5000台、プレリュードが月産10000台と工場には非常に活気のあった時代でした。 02M Civic Type-R 英国製シビックは閉鎖したイギリス拠点の最初の製品。量産開始時はホンダ経営のホテルが日本人で溢れかえっており、最初は洗濯機の順番が廻って来ずに苦労しましたが、何とかコインランドリーを見つけました。 90M Honda NSX Berlinの路上中古品マーケットで発見し、20ユーロで購入。本物は錆びないアルミ車体ということもあってか光が丘で2000万円台で売ってますが勿論手が出ません。バブル時での800万円は奇跡的なバーゲンプライスです。
久本 拓司
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バブルの象徴 荒木師匠の時代
1982M Mitsubishi Strarion 半年位前に近所のスーパーに鳥のモモ肉だけを買いにお遣いに行かされた際に20年以上以来振りにスタリオンを駐車場で目撃して興奮のあまり鳥肉売場へ行ったらどの部位を買えば良いのかを失念してしまいました。 バブル前夜にリリースされたクルマですが、トヨタのソアラ、日産レパード、いすゞピアッツア等と同時期生まれの自動車市場に活気をもたらし始めた存在と言えます。 1984M Toyota Crown 「いつかはクラウン」、マークII 3兄弟と同様に非常に良く売れてました。 マークⅡを始め国内のセダン市場が衰退する中でも唯一輸入高級セダンに対抗し続けて来たものの、矢付き刀折れ果てて2022年4月を以ってセダンボディの生産を停止せざるを得なくなってしまったことは、日本の自動車市場としても「終戦記念日」とも言えます。 これでトヨタでさえも、レクサスを除外すれば伝統的な4ドアセダンはカローラと本来は米国市場が主戦場の「分類:都市型スポーツセダン」カムリの2車種だけになってしまいました。 1988M Toyota Mark II チェイサーとクレスタを合わせたマークII3兄弟のかつての月販台数は3万台前後もあったそうです。2回位しか連れていってもらったことの無い銀座のナイトクラブに倣ったワインレッドの内装色とルースクッションシートが大流行してました。所謂「アッシー君」の御用達であったと同時に、本当の真相までは定かではないものの、若手はカローラ・スプリンター、係長クラスがコロナ・カリーナ、課長クラスがマークII 3兄弟、部長クラスがクラウン、取締役ではセルシオというはっきり言って余計なお世話的なヒエラルキーがあったという記事を当時の自動車雑誌で目にしたことがあります。そんな阿呆みたいな車格のヒエラルキーがあった一方で「ワインレッドの肌触りの良いモケット表皮をふんだんに使用した内装は全ての車種で選択可能」ということは恐らくは「1億総中流」の流れを受けてのことだったからでしょう。 私は大好きでした「モケット」は何時の間にか廃れてしまいザラ目の「ジャージ」に置き換わってしまった時は非常にガッカリしましたが、ここ最近では感触の似てる「アルカンターラ」が選べる様になってきて胸を撫で下ろしています。 そんなお化けの様な存在でしたマークII3兄弟も90年代半ばからのミニバンやSUV、プリウスを筆頭としたハイブリッド車と軽自動車の攻勢には抗えず、ジリジリと販売台数を減らしていき2004年にはマークXとしてコンセプトを修正しながら若干息を吹き返したものの、2020年代を前に廃止されてしまいました。 1989M Nissan Cima 上の階に住んでいらした大家さんが乗っていました。豪快な255馬力のターボエンジン音とは結びつかないエレガントなデザインで500万円台でも良く売れていてCima現象という言葉が聞かれました。 その後はモデルチェンジを重ねる毎に販売台数を縮小しながら細々と30年超に渡り継続させて来たものの、遂に2022年での廃止が決定されました。 ライバルのトヨタクラウンでさえもセダンボディを止めざるを得ない所まで来てしまったということから、やむを得ない企業判断です。 1991M Mitsubishi Diamante 税制改正で3ナンバー車を身近にした三菱自動車渾身の一作と言える存在感のある高級車でした。 テレビで大竹まことが「ディアマンテ」と「みのもんた」が似てると言っていたことが何故か頭にこびりついています。ホンダのインスパイア等と同様で、次期モデルのインパクトがコストダウンの影響で弱くなったと同時にミニバン・SUVへの市場移行、更にはリコール隠しによる信用失墜もあって、フルラインナップメーカーとしての三菱自動車は終焉に向かいました。 しかしながら、アジア拡大と欧州撤退、日産との共同での軽自動車開発とPHEV等のコア技術・得意分野を活かした選択と集中による経営手法は個人的には非常に高く評価しています。 1990M Honda Accord Inspire 直列5気筒のFFミッドシップによる8頭身ボディが売りのアコード上級モデルの4ドアハードトップは、粉体成形本革調表皮と本木目を採用したインパネとドアトリム、航空機にも使われているハニカム構造基材のルーフトリム、スエード表皮のシートによる豪華さが決めてとなると同時に2.5lエンジンの3ナンバーモデルも追加され、日本市場では同等価格帯で販売されていたアコード及び菅原文太と山下真司によるほのぼのとしたCMが印象的だった意外には全く記憶に残らないアスコットの本家セダンシリーズを完全に駆逐してしまいました。逆にAcura Vigorのブランドネームで米国へもリリースされたこのハードトップモデルは大柄な米国人にとっては狭過ぎたせいで全く売れず、セダンのアコードに人気が集中しました。 バブル崩壊後の1995年発売の次期モデルは、3.2lのV6エンジンが追加設定されたものの内装材もチープなものへ置き換えられてミニバンブームにも押されてしまい、販売台数を大きく落としてしまいました。 現在では「インスパイア」というブランド名は中国の東風ホンダで生産されているアコード(広州ホンダ製)の姉妹車として活用されています。 1998M Nissan Cedric Classic SV(Y31) 最近近所を走っているセドリックのタクシーのプロポーションの良さに気が付きましたと同時に昨今の日本製セダンの衰退理由も何となく想像出来ました。 四角いフォルムと長いトランクの存在がはっきりとした典型的な3ボックスに横長のテールランプの組み合わせはまさにThe Sedanと言えるものです。 このミニカーは1998モデルですが、Y 31セダンは1987年に発売されて営業車用としては2014年までの27年間に渡って生産されていた日本のトラバント(東ドイツ車)の様な存在です。このスタイルに感銘を受けるということは徐々に年寄世代に足を突っ込み始めているのかも知れません。
久本 拓司
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怪獣
ジャミラ 故郷は地球。元宇宙飛行士。 ダダ 三面怪人。とにかく弱い。 ツインテール グドンの餌。体形はJKのパンツ見放題。 ケムール人 年寄り宇宙人。走りのいい奴。 恐竜戦車 一度その名前を聞いたら絶対に忘れられないことでしょう。
久本 拓司
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German Life
2014-2016 2010M VW Passat Saloon ドイツ駐在中の最初の貸与車で、初めて長期間の足として利用した2000ccのDiesel Turboエンジン車でした。 140馬力ながら34ニュートンに達する太いトルクは思いの他静かでアウトバーンを210キロで走行しても安定感バッチリ、またリッター14キロを下ることのない燃費と70リッターの燃料タンクは満タンにすれば1000キロ超も走れました。但し、このエンジンが問題の排ガスに関する不正なプログラムが施されたEA 189型でした。 勿論、運転していても何の違和感もありませんでした。 後日修正対策を行なっていた様ですが、新車への入替直後に早く帰任することとなった人が出て残りのリース期間が長過ぎて費用が勿体ないことから、修正前に帰任者の車を引き継ぐことになりました。 2016-2017 2015M VW Passat Variant 2018-2019 ドイツ駐在2及び4台目のワゴンで、初めて乗ったときはバックミラーに映る後ろの窓が遥か彼方に感じられては非常に違和感を感じました。 セダンとワゴンからの選択を自分で行う場合、ライトバンの雰囲気が感じられるワゴンではなくてセダンを選ぶ筈でしたが、後席を倒した際の荷室の広さを見てワゴンの良さも理解出来る様になりました。 2018. 2015M VW Passat Saloon リース期間と私を含めた3名の残りの駐在期間より、3台の既存車をやり繰りして半年間位それぞれ選ぶことになり、このセダンに私が乗ることになりました。 転職したドイツ人が乗っていたこの車は上級モデルということで、寒い日でもステアリングホイールが暖かくなることに驚きました。後はシートの表皮がアルカンターラと革のコンビネーションであったこととサンルーフが付いてましたが、基本的には前後に乗っていた標準仕様のワゴンと乗り味に差はありませんでした。 2019. 2010M VW Polo 実車はこのミニカーの次期モデルでしたが、駐在期間の最後でのリース切れで、最後の3ヵ月間はポロをレンタルしていただきました。またこのミニカーのモデルには旅先のレンタカーで借りたこともあります。 3気筒1000ccということで、アクセルベタ踏みするとけたたましい軽自動車の音を聞けますが、普通に走れば190キロ出してもゴルフ等と同様に安定感のある走行性能を感じさせてくれました。 最近、車検の代車でもポロを貸していただきますが、日本の道路事情ではゴルフとの遜色はドアトリムが全面的に硬質プラスチックになることを除いては殆ど感じられません。 2016M VW Touran この車の存在がドイツ駐在を実現させてくれました。 車高が高くて見晴らしが良いことを除けばゴルフと同じですが、それ故に200キロ超で暴走する気分にはなりませんでした。 MAN VFL Wolfsburg 移動用バス 住居から歩いて15分以内にスタジアムがありましたこともあって、週末はサッカードイツブンデスリーガのVFL Wolfsburgの試合を頻繁に観に行きました。 半年もするとホームゲームだけでは飽き足らず、アウェイゲームにも足を運ぶ様になり、このVW製の移動用バスをアウトバーンでの走行中や宿泊したホテルでも目にしたことがある他、街のイベント時に内部に乗せてもらったこともありました。 チャンピオンズリーグ準々決勝の初戦でロナウドのいたレアルマドリッドに勝ったことが最大のハイライトであった一方で、2年連続の16位で2部3位チームとの入れ替え戦でヒヤヒヤした思い出もありました。 初年度には2018年のロシアワールドカップで日本を最後の最後での沈没させたベルギー代表のスーパースター、ケビン・デブロイネの殺人的なアシストを何度も目にすることが出来ました。 帰国後もスカパーで観戦継続中です。 1973M Porsche 911 Turbo スーパーカーブーム時での人気車のひとつで、通称930ターボと日本では呼ばれてました。 フルモデルチェンジを何回も重ねても1960年代から現在に至るまでの50年超の間、基本的なフォルムとリアエンジンのレイアウトには大きな変化を必要としないのが、驚きです。 1957M Trabant 601 東ドイツで34年間生産されていた典型的なセダン、トラバントです。 2サイクル600ccのエンジンで何とか100キロを出せた性能は発売当初では西ドイツの製品と大差の無い性能でしたが、そこからベルリンの壁が崩壊するまでの進歩が全く無かったことから、東西統一後の2年後には何周もの周回遅れとなっていたことが発覚して生産中止となりました。 資源不足で本来は天井の内張の基材としてしか使用されない段ボールを車体の一部に使用せざるを得ない惨状でしたが、それでも生産能力不足により発注から納車までに10年かかったと言われていました。
久本 拓司
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ちょっと気になり買いました
2006M Nissan Skyline V36 V6エンジン搭載としては2世代目となる10年間に渡り販売されたロングセラーモデル。先代のV 35は別のブランドでの発売予定だったものを当時の社長のゴーン容疑者が無理やり歴史あるブランドのスカイラインとして発売して、イメージをぶち壊してくれました。丸型のテールランプを採用しながら多少は元のイメージへ軌道修正しつつも大きくて高価になり過ぎたせいか販売数は落ち込んでしまい、償却費用を回収するのに10年もかかったということと思います。日本人の賃金が上がらないことから市場全体の縮小により販売力のあるトヨタかステータスの高い欧州車以外では高級車市場での競争力が保てなくなってしまったことは非常に残念なことです。 1969M Toyota 2000GT Hannoverのオートショウで見つけた伝説の名車トヨタ2000GTの極小ミニカー、良く覚えてませんが安くはなかったです。生産台数はたったの238台ですが、その内の3台は何らかの機会で本物を目にしています。 インパネ全体が本木目というのが凄い豪勢で、復刻版のカタログも買いました。 1958M Subaru 360 物心ついたときの最初の家の車でした。幼稚園前後のころに、この車で頻繁に昨夏他界した父の勤務地の秋田と早い時期に建てた家のある仙台の間を鬼首峠越えで往復した記憶が今でも残っています。ウィンドウウオッシャーがなかったので、泥で前が見えなくなる度に車を停めて、雑巾で窓を拭いていたことを覚えています。 最初に買ったセルボと同じく2サイクルのリアエンジンでポンポンポンという音が良く似ていました。 1972M Lamborghini Jota 1976〜7年頃にスーパーカーブームというものが到来し、フェラーリ、ポルシェ、マセラティ、ロータス、デトマソ、ランボルギーニといったメーカーの名前を知ることとなり、クルマに興味を持ち始めました。 その中でもカウンタックと512BBは双璧を成していて最高速度300キロとか302キロという無駄な知識がただでさえ少ない脳みそのメモリを侵食しまくると同時に、ランボルギーニが試作車を1台だけ作ったものの炎上させてしまったという伝説の存在がこのイオタでした。 1973M Toyota Celica Liftback スーパーカーブームが終焉を迎えて、笑点の座布団運び係の山田タカオ氏が司会をやっていた「対決スーパーカークイズ」が打ち切られた頃から身近な国産車に興味を持ち始めて、新車の発表展示会に足を運びかなりの数のカタログを収集していた時期がありました。 そのきっかけになったのがこの初代セリカリフトバックで、推定最高速度205キロという文字に大変痺れたものです。この車の復刻版カタログも買いました。 発表展示会に行く様になった頃のセリカは2代目に移行し排気ガス規制対策でパワーダウンしてましたが、「名ばかりのGT達は道を開ける」とか「ツインカムを語らずに真のGTは語れない」というキャッチコピーにはワクワクしていたものです。 1989M Lancia Delta HF Integrale 1987年〜1992年のWRCラリーで、6連覇達成したランチアデルタのこの埃に塗れていたミニカーはBraunschweig のイケアの前のフリマで3ユーロで購入して、ピカピカに磨き上げました。ラリー仕様の実物はイギリスのチチェスターで毎年夏に開催されるGoodwood Festival of Speedという動くモーターショウで豪快な走りを拝むことが出来ました。 2016M Toyota Premio 昨年実車が絶版となりましたが、最近になってからY 31セドリックのタクシーと同様に見る度に目で追っかけてしまう存在になりました2016年モデルのトヨタのプレミオ・アリオンシリーズ。 プチクラウンとも呼べるオジン臭さと地味さ加減を醸し出す一方で、最上級2Lのスペックを見ると⒈27tの軽量ボディに152馬力と20ニュートンのトルクを絞り出すエンジンの組み合わせは正に羊の皮を被った狼である一方で、木目調デザインを交えた内装も若干バブリーで良い感じです。 中型5ナンバー車廃止というのは即突対策という時代の流れですが残念ですね。 オジン臭い車に惹かれる様になったのは歳のせいかも。それでも演歌に興味は全く湧きませんので、大丈夫かな。 20??M Isuzu Giga Truck 10年位前に小さい子供が遊びに来るので買ったTRexを載せたトラックですが、何故かまだ持っていました。 大友康平さんの「いーつーうまでも、いーつうまでも、はーしれはしれー、いすーうずうのトラックウー」のCMを見る度に、このトラックのミニカーに目が行ってしまいます。
久本 拓司
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Hot Wheels No 1
Hot Wheels 1€ショップで見つけたのが収集のきっかけ。 ねだりまくっても1個も買って貰えない子供の脇で全く容赦の無い大人買いを敢行してましたので、もはや地獄行きは確定でしょう。 1993M Mclaren F1 1992M Nissan Silvia (S14) 1969M Porsche 914 Safari Toyota Land Cruiser 80 1999M Honda Civic Type R (EK9) 2019M Mercedes Benz A-Class 1973M BMW 3.0 CSL 1982M Nissan Skyline RS-Turbo Silhouette
久本 拓司
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Hot Wheels No2
Hot Wheels Honda Monkey Z50 1983M Volkswagen Golf (MK2 Green) 2008M Nissan GTR (R35) 2016M Honda Civic Type R (FK2 Red) 2005M Honda Ridgeline 2003M Volkswagen GTI (MK5) 1970M Nissan Fairlady Z (Yellow) 1978M Mazda RX-7 (SA22C)
久本 拓司
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Hot Wheels No3
1995M Mazda RX-7 (FD3S Green) 1971M Porsche 911 2016M Honda Civic Type-R (FK2) 1974M Mazda Repu 1983M Honda City Turbo-Ⅱ(White) 1969M Porsche 917 1971M Nissan (Datsun) Bluebird SSS 510 Volkswagen Beetle
久本 拓司
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Hot Wheels No4
1976M Porsche 934 Turbo RSR 2001M Honda (Acura) Integra GSR 1983M Honda City Turbo-Ⅱ(Blue) 1989M Nissan Skyline GTR (R32 White) 2015M Mazda MX-5 Miata (Roadster) 2014M Lamborghini Huracan LP620-2 Super Trofeo 2012M Mazda CX-5 2018M Ford Mustang GT
久本 拓司
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Hot Wheels No5
Hot Wheels 1967M Ford Mustang 1990M Honda (Acura) NSX 2007M Fiat 500 1976M Lotus Esprit 2018M Nissan Leaf Volkswagen Kafer Racer 1981M DMC Delorean 1990M Honda Civic (EF White)
久本 拓司
