旅と鉄道 増刊号 ありがとう大垣夜行

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1982年(昭和57年)〜1997年(平成7年)頃まで関西方面や岐阜県の旅行の時には寝台急行「銀河」と大垣夜行を交互に乗っていました。
週末の大垣夜行を待つ東京駅のホームは会社帰りのサラリーマンや若い旅行者でごった返しだった光景が懐かしいです。

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    tanupon

    2021/7/22 - 編集済み

    大学生の頃だったと思いますが
    乗ったことあります。
    夜中に電車に乗ることなど殆どなく
    とても懐かしい思い出です。
    出来ればもう一度乗ってみたいです。

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      tomica-loco

      2021/7/22

      夜寝台列車や、この大垣夜行みたいに夜中に走って明け方に着くとその日1日フルに使えるから良いなと最初は思ってましたけど実際、大垣夜行では寝られませんでした😓

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    kinggidoko

    2021/7/22 - 編集済み

    湖西線ができていない昔、大阪発普通列車は大垣行が多かった記憶があります。母親が青森出身なので日本海にのったり、東京に早朝用事があるときは銀河にものりました。大垣駅の停車時間は比較的長めだったので駅そばも食べたりしました。懐かしいです。

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      tomica-loco

      2021/7/22

      コメントありがとうございます。
      自分も湖西線経由で福井県、石川県に行ってました。
      大垣夜行は所々で停車時間が長かったですね!
      浜松駅では40分くらい停車してましたし唯一駅弁が買えた駅でした。
      自分が一番印象に残っているのは東京発の最終電車に乗って来るサラリーマンと夜行で安く行こうとする若者の席の争奪戦です、座れないと通路に新聞を敷いて座るか小田原駅を過ぎるまで立つかでした実際、自分も経験してます。

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      kinggidoko

      2021/7/22

      そういやあ私も高校生の時、青森から大阪まで自由席であぶれて、デッキで床に座って乗車していたことを思い出しました。車内販売の売り子さんと仲良くなってお話なんかもしてました。(笑)

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