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ジョーダン・トヨタ EJ15
エディ・ジョーダンが去ってもチーム名はジョーダンで参戦した05年。買ったのはミッドランドグループを率いるロシアの富豪、アレックス・シュナイダー。モンテイロは最近珍しく28歳でのF1デビューだった。だが走り出すと堅実で、ルーキードライバーの連続完走記録を16戦まで伸ばした。消化ラップは全ドライバー中トップだった。アメリカGPではミシュランユーザー不在ながら3位表彰台を獲得してポディウムで大はしゃぎした。
T・モンテイロ ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2006.1.21ゆーじ
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マクラーレン・プジョー MP4/9
開幕前にプロストがマクラーレンに復帰するのではという情報が流れた。だが結局テストドライブだけで終わり、開幕ギリギリの2月末にマクラーレンのシートをブランドルが手に入れた。しかし不運とトラブルに泣かされた一年だった。セナを失った後のモナコGPでは2位表彰台を掴み、ミハエルとヒルが激突した最終戦アデレードでも3位でシーズンを終えた。結果、5戦で入賞して16ポイント、ランキング7位だったがマクラーレンでドライブできたからこそ得られたものもあったシーズンだった。モデルカーはケース無しで売られていたが、レーシングスーツまでしっかりマルボロロゴに変更されていた。
M・ブランドル ミニチャンプス 万代書店仙台泉店 2006.1.17ゆーじ
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ウィリアムズ•メカクローム FW20
ルノーが撤退し、エイドリアン・ニューウェイがマクラーレンに移っていった。そしてスポンサーがウィンフィールドに変更された。フレンツェンは開幕オーストラリアGPで3位表彰台を獲得したが、その後は下降した。予選ではジャックに6勝10敗。ポイントでは17対21だった。そしてジョーダンに移籍して活躍を見せた。
H・Hフレンツェン ミニチャンプス ミニカーショップキャッスル 2006.1.7ゆーじ
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ウィリアムズ・BMW FW27 ミシュラン別注
ジャガーからトップチームに駆け上がったかに見えたウェバー。手堅く入賞を重ねて36ポイント、ランキング10位だったが、ハイドフェルドやピッツォニァをリードしながら影が薄い印象だった。予選ではチームメイトに14勝5敗とリードしていたが、表彰台はモナコの3位のみだった。チームは2000年以来の未勝利でランキング5位。BMWとの確執が明らかになり、開発も進まなかった。FW27はギャビン•フィッシャーの設計。ダウンフォースの不足が目立ち、小規模なアップデートの効果は現れなかった。
M•ウェバー ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2006.1.5ゆーじ
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ザウバー・ペトロナスC24 ミシュラン別注
05年は元チャンピオンのジャックがチームメイトで、完走率も彼より高く11対9とポイントもリードした。また予選でも13勝6敗だった。ベストレースはカナダGP。ウェバーとのバトルに競り勝って、自己ベストの4位入賞を手に入れた。C24はフェラーリ色から離れてウィリー・ランプが独自に製作した。サイドポッド下部のえぐれやギアボックスは独自に開発など成長も伺えた。そしてBMWの買収によってザウバーチームは215戦で幕を閉じた。
F・マッサ ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2006.1.5ゆーじ
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ルノーF1 R25 ミシュラン別注
24歳58日のチャンピオンはE・フィッティパルディの最年少記録を33年ぶりに塗り替えた。前年は1勝もできず若さゆえのミスも目立った。だが05年は15回の表彰台登壇に止まらず、予選順位は平均4.05位と安定感が際立っていた。ミハエル時代を止めたアロンソ。新旧交代の足音が聞こえた05年だった。
F•アロンソ ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2006.1.5ゆーじ
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マクラーレン・メルセデスMP4-20 ミシュラン別注
王者フェラーリの不調でライコネンとアロンソの新世代対決になった05年。キミは度重なるトラブルでタイトルを逃した。エンジン交換はなんと4回で10グリッドダウン。ヨーロッパGPではタイヤのフラットスポットでサスペンションアームが耐えられず破損し、ラストラップにリタイアし勝利を逃した。逆に着実にポイントを稼ぐアロンソにプレッシャーを与え続けることができなかった。だがアロンソとポイントでは112対133で、7勝対7勝だった。モナコではポールトゥウイン。鈴鹿での16台抜きは伝説になった。もし少しでも不運を避けられていたら。まあタラレバですが。
K•ライコネン ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2006.1.5ゆーじ
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ルノーF1チーム R25 ルノー別注
05年のアロンソは安定した力を発揮して参戦67戦目で最年少のチャンピオンを獲得した。トータル7勝で133ポイント。ルノーチームも初めてのコンストラクターズタイトルでダブルタイトルを決めた。R25はボブ・ベル、テイム・デンシャム、ディノ・トソを中心に設計。新レギュレーションに合わせた基本的には保守的なマシンと言えた。様々な機構的にはオーソドックスだが、ラウンチコントロールやTCSは他のチームを圧倒した。
F•アロンソ ミニチャンプス Mrクラフト通販 2006.1.1ゆーじ
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BAR•ホンダ007 ミシュラン別注
ポイントが04年の85ポイントから37ポイントへ大幅にポイントをダウンさせたバトン。007は開幕前はトラブルが頻発していた。まずエンジントラブルの多発。2レース1300キロの走行をなかなかクリアできず、マシンのセットアップにも大きく影響した。そしてレギュレーションでダウンフォースが減ったことで乗りづらいマシンになってしまった。そして開幕しても全体的なグリップ不足で平凡な成績に終わった。
J・バトン ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2005.12.30ゆーじ
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久々にピンバッチ購入
今日はお世話になっている中野のF1ショップでピンバッチを買いました。物はマクラーレン・プジョーのブランドル。ミハエルのワールドチャンピオン。そして割れていたのでただでいただいた80年代でもフジテレビが放送していなかった頃のマクラーレンです。ピンバッチもコツコツ集めてますがけっこうな数が集まってきました。
中野、F1ショップシグナス 2024.7.12ゆーじ
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BAR・ホンダ007 ミシュラン別注
琢磨の05年はたった1ポイントで終えた。ジェフ・ウィリスがデザインした007は明らかにパフォーマンスが他のトップチームから見ると悪かった。特にレギュレーションによるダウンフォース不足は酷く、なんとか改良はしたが、ウィングレットやフロントウィングの二重構造の投入は後手だった。
佐藤琢磨 ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2005.12.30ゆーじ
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ウィリアムズ・BMW FW27
シーズンオフにピッツォニアとレギュラーシートを争ったが、なんとか確保したニック。しかしイタリアGP前のモンツァテストでのクラッシュの影響と復帰に向けたトレーニング中の負傷で5戦も欠場してシーズンを終えた。開幕後は第2戦マレーシアGPで01年ブラジルGP以来の3位表彰台を獲得。第6戦モナコGPではタイヤの摩耗に苦しむアロンソを抜いての2位表彰台。ヨーロッパGPでは初のP•Pから2位表彰台を獲得する走りも見せた。結果、チームのポイントではニックが28、ウェバーが36、ピッツォニアが2という結果だった。怪我さえなければと言えるシーズンだった。コンストラクターズランキングは5位で66ポイント。前年より力を失った感が強かった。
N•ハイドフェルド ミニチャンプス 仙台市 オールージュ 2005.12.30ゆーじ
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トールマン・ハート TG183B
トールマンと苦楽を共にしてきたワーウィックの努力が報われた83年。シーズン終盤のオランダGPで初入賞すると、最終戦まで4戦すべてで入賞して9ポイントを獲得した。また予選でもチームメイトのジャコメリを12勝3敗と圧倒した。TG183Bは若かりし頃のロリー・バーンの設計。フロントノーズにラジエターをレイアウトしたり、ダウンフォース不足の解消のためにダブルウィングにするなど独特のカラーを持ったマシンだった。またサンマリノGPからはニューエンジンとして1気筒あたり2個のスパークプラグを装備したツインプラグシステムでエンジンのトラブルも減った。
D•ワーウィック ミニチャンプス 仙台市 エヌズコレクション 2005.12.29ゆーじ
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フットワーク・ムゲン FA13
まだFA13はスパークでは発売されていなかったため、オニクスを購入していた。 91年は下り坂のラルースからムゲンエンジンを積むことになったフットワークに来た鈴木亜久里。亜久里はかつてF3000時代にスポンサーだったフットワークを頼りに、アロウズを買収したタイミングで加入した。しかしチームメイトのアルボレートが4回入賞6ポイントに対し、2度の予選落ちもあり、まさかのノーポイントと低迷。予選でもアルボレートに3勝13敗と大きく引き離され、完走すらままならなかった。
鈴木亜久里 オニクス 万代書店仙台泉店 2005.12.27ゆーじ
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カープ、卓上カレンダー
毎年ではありませんが、その年の主力選手を知りたくて卓上カレンダーは買ってます。ほぼ開封しませんが。
だいたい球団通販ゆーじ